【鎌倉時代】76 源頼朝の政治と鎌倉幕府の仕組み【日本史】 — Transcript
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- 0:00奥州合戦により 長きにわたる戦いの時代は終わり
- 0:03ました この頃京都はある噂で持ちきり
- 0:07です ついに源頼朝が上洛してくる
- 0:10平治の乱によって伊豆に配流と なってから
- 0:1332年も過ぎた今 頼朝は再び京都の土を踏むのでした
- 0:21はいどうもみなさんこんにちは 今回は頼朝の政治についてお話し
- 0:25していきます 前回お話しした奥州合戦によって
- 0:28戦いは終わり 戦乱の世から平穏な世へと変わ
- 0:31っています ということで
- 0:32この動画以降は何回かに分けて 頼朝から続く頼家実朝の
- 0:38源氏が将軍だった頃に起こった 出来事をお話していきます
- 0:42今回お話しするのは頼朝の頃の話 です
- 0:45しかし頼朝の場合は富士川の戦い 以降
- 0:48源平合戦にほぼ登場しなかった ので
- 0:50その後何をしていたかがよくわからない ところもあると思います
- 0:54なのでまずは富士川の戦いまで 時間を戻しましょう
- 1:00水鳥の羽音によって平家が驚いて 撤退し
- 1:03義経と再会するのが富士川の戦い でしたね
- 1:06この戦いの後頼朝は 逃げた平家を追いかけ滅ぼしたい
- 1:10気持ちを抑えて東国へと戻り 地盤を固めることに力を入れます
- 1:15源平合戦の解説ではそこら辺を 詳しく見ていなかったので
- 1:18ここから話を始めていきます
- 1:20歴史を勉強していたら 御恩と奉公という言葉を聞いた
- 1:24ことがあると思います 鎌倉幕府の仕組みを表す言葉ですね
- 1:28鎌倉幕府には 将軍とその将軍に従う御家人という
- 1:32人たちがいて 将軍が御家人の土地を認めることを
- 1:35御恩 御家人が将軍に仕えることを奉公
- 1:39といいます この頃の武士たちは
- 1:42自分の土地を自分のものだと認 めてもらうために
- 1:45頼朝のところへと来て 頼朝からお前の土地だと認めて
- 1:49もらいます これが本領安堵です
- 1:52しかし頼朝もただでは認めてあげ ません
- 1:55警備や戦いなどの仕事をしてもらう のです
- 1:57こういった関係で鎌倉幕府は成り 立っていたのですが
- 2:00とくにいい働きをした御家人には 新しく土地をあげました
- 2:04これが新恩給与ですね
- 2:06この仕組みを続けていたら 頼朝のもとにたくさんの人々が
- 2:10訪れて 土地の所有権を認めてもらおう
- 2:12とします すると御家人がどんどん増えて
- 2:15いきますので 御家人を管理するのが難しくなります
- 2:18よね ということで頼朝は
- 2:19御家人を管理する機関を作りました これが侍所です
- 2:24この侍所の初代別当 つまり人事部部長になったのが
- 2:28和田義盛です 和田義盛は頼朝が挙兵した頃から
- 2:32侍所の別当になりたいと言って いたので
- 2:35念願が叶ったかたちですね ちなみにこの翌年に
- 2:38頼朝と政子の間に長男の頼家が 生まれます
- 2:42さて侍所といえば 他にも鎌倉幕府の仕組みを表す
- 2:46言葉がありましたよね 公文所と問注所です
- 2:49公文所は公的な文書を作る場所 なので
- 2:53一般政務や財政を担当しました 後に政治を担当する場所である
- 2:58政所に吸収されます 問注所は訴訟や裁判を担当した
- 3:03機関です 裁判の時に質問した注意点を記録
- 3:06しておく場所ですね この頃の東国武士は大半が文字を
- 3:11読み書きできなかったらしいん ですが
- 3:12政治や裁判をする時に文字の読み書き ができないと困ります
- 3:16ここで登場するのが大江広元と 三善康信ですね
- 3:21大江広元は中原親能という兄がい たんですが
- 3:24兄は鎌倉弟は京都と分かれて暮ら していました
- 3:27そんな時京都に木曾義仲がやって きて
- 3:30義仲追討のために鎌倉から義経 がやってきます
- 3:34この時中原親能は一緒に京都へ とやってくるんです
- 3:38ここで弟にお前も鎌倉に来いよって 感じのことを言ったんでしょう
- 3:42ね 大江広元は鎌倉へと行き頼朝のために
- 3:45働き始めました 三善康信は頼朝が子供の頃からの
- 3:50友達です 伊豆に島流になった後も手紙を
- 3:53書いて 京都の情報を流し続けていたの
- 3:56で頼朝から大きな信頼を得てい ました
- 3:59その功績もあって頼朝から鎌倉 へとスカウトされるんです
- 4:03そうして大江広元が政所の初代 別当を
- 4:06三善康信が問注所の初代執事を 務めていきます
- 4:10さてやっと話が追いついてきました 壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした
- 4:15後 頼朝は五年間で義経と奥州藤原氏
- 4:18も滅ぼします これによって幕府の支配領域は
- 4:22大きく広がり 頼朝が京都へといっている間に
- 4:25義経と奥州藤原氏が攻めてくる 心配もなくなりました
- 4:29ついに頼朝は1190年11月に京都へ と向かうのです
- 4:34頼朝が京都へ行った理由ですが このころ義経逮捕のために全国
- 4:38に守護地頭を置いていました しかし義経が死んだ今
- 4:43朝廷としては守護地頭を置いて おく必要がなくなったのです
- 4:47このまま放って置いたら朝廷が 頼朝に
- 4:49守護地頭を引き上げろと言って くるのは時間の問題でしょう
- 4:53そうなるとせっかくの全国支配 を手放すことになるので
- 4:57頼朝は後白河法皇と交渉をする ために京都へと行ったのです
- 5:02この会談によって頼朝は守護地 頭を継続しておくことを公認され
- 5:07権大納言と右近衛大将に任命されます しかし頼朝は三日後にどちらも
- 5:13辞任 官職や位階によって朝廷に飼い
- 5:17慣らされる犬ではないと世間に アピールするのです
- 5:21頼朝としては右近衛大将では不満 だったのですね
- 5:24彼が欲しがっていたのは征夷大将軍 の称号でした
- 5:28結局後白河法皇は頼朝に征夷大将軍 の称号を渡すことはありません
- 5:32でしたが 実質的には頼朝は東国支配を行
- 5:36なっていたので 征夷大将軍に任命しなかったのは
- 5:39後白河法皇の最後の抵抗でしょう しかし1192年3月13日
- 5:45後白河法皇はついに崩御します 頼朝としてもこうなることは予測
- 5:50しており 征夷大将軍の任命は時間の問題
- 5:52だと考えていました そして頼朝はこの年の7月
- 5:57征夷大将軍に任命されるのです こうして名実ともに鎌倉幕府が
- 6:01誕生することになりました またこの年の8月には実朝が生まれて
- 6:07います
- 6:08源氏の嫡流を象徴とした御家人の 統制に邪魔になる
- 6:11義経や奥州藤原氏などの人物は 次々と排除していった頼朝ですが
- 6:16ほっこりエピソードもあるので 紹介します
- 6:19あるとき頼朝は富士山の裾野で 巻狩りを行います
- 6:23巻狩りっていうのは鹿や猪を包囲 して狩る狩猟のことです
- 6:27そんな巻狩りに頼朝の長男頼家 を連れていきます
- 6:31少しずつ鹿を追い詰めていき 頼家の放った矢によって鹿に止め
- 6:35を刺すことができました これに大喜びした頼朝はテンション
- 6:39が上がりすぎて 梶原景高に鎌倉の北条政子のもと
- 6:43へと急いで知らせてこい と命じます
- 6:46こうして梶原景高は鎌倉へと走り 政子に
- 6:50頼家が鹿を狩ったと伝えるのですが 政子は武士の棟梁の跡取りが鹿
- 6:55を狩ったくらいで大騒ぎするな と嗜めるのです
- 6:59頼朝と北条政子の人柄や関係性 がわかりやすいエピソードだと思います
- 7:05話は変わりますが義仲の長男木曽 義高を覚えているでしょうか
- 7:08義仲上洛の際に頼朝のもとに人質 として送られた息子です
- 7:12義高は頼朝の娘である大姫の許 婚となり
- 7:17二人はすごく仲が良かったそう なのですが
- 7:19このあと義仲が頼朝と対立して いくのは皆さんご存知の通りです
- 7:24だんだん義高の立場も悪くなって いき
- 7:26最終的には頼朝が義高を暗殺し ようとします
- 7:30これに気づいた大姫は義高をこっそり 逃すのですが
- 7:34頼朝によって放たれた追手によって 殺されます
- 7:37しかし許婚が父親によって暗殺 された大姫は鬱病になり
- 7:42北条政子は頼朝のせいで娘が鬱病 になったと頼朝にブチ切れます
- 7:47結局義高を追いかけて殺した御 家人は晒し首となってしまうの
- 7:51でした そんな大姫は義高が死んだ後も
- 7:54義高のことを慕い続けており 頼朝は気をそらすために別の人
- 7:58との結婚を勧めます しかし大姫は次そんなことをしたら
- 8:02水に入って死ぬと突っ撥ねるの です
- 8:05これによって頼朝も二度としない と謝るのですが
- 8:08後に後鳥羽天皇へ入内する話が 持ち上がるのです
- 8:12この話も後白河法皇に寵愛されて いた丹後局たんごのつぼねに翻弄
- 8:16されて失敗 1197年大姫は20年間の不幸な人生
- 8:21に幕を閉じます
- 8:24その翌年の1198年 頼朝は相模川の橋供養に参列します
- 8:30しかしその式典から帰っている 時に落馬
- 8:33これが原因で源頼朝は死んだ と言われていますが彼の死には
- 8:37多くの謎が残っており 詳しいことはわかっていません
- 8:40さて次の動画では 鎌倉幕府二代目将軍
- 8:44源頼家についてお話ししていき ます
- 8:46それではまた次の動画で
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