【鎌倉時代】74 守護地頭設置の理由と勧進帳【日本史】 — Transcript
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- 0:00しづやしづ しづの苧環くり返し
- 0:04昔を今になすよしもがな 吉野山
- 0:08峯の白雪 ふみ分けて
- 0:10入りにし人の跡ぞ恋しき
- 0:14壇ノ浦の戦いにより 長きにわたる源平合戦は終了
- 0:18平家は滅亡し源氏の勝利で幕を 閉じます
- 0:21勝った義経は平宗盛親子を連れて 鎌倉へと向かいます
- 0:26しかし頼朝は 義経が鎌倉へ入ることを禁止する
- 0:30のでした
- 0:35はいどうも皆さんこんにちは 今回は守護地頭の設置について
- 0:38お話ししていきます 鎌倉時代で覚えないといけない
- 0:41この守護地頭 そもそもどういうものなのか
- 0:44なぜ設置されたのか それらのことについて
- 0:47源平合戦以後の頼朝と義経の関係 から見ていきましょう
- 0:53この日鎌倉では 頼朝の父源義朝の冥福を祝うため
- 0:58の寺 勝長寿院の棟上げ式が行われて
- 1:01いました この棟上げ式に頼朝は出席していた
- 1:05のです そんな時頼朝のもとに手紙が届き
- 1:08ます 平家滅亡の知らせです
- 1:11頼朝は鶴岡八幡宮の方へ向き直り しばし言葉を発さなかったと伝
- 1:16わっています おそらくこれまでの戦いの日々
- 1:19これから来るであろう平穏の日々 そして亡き父義朝のことを考えて
- 1:24いたのではないでしょうか しかしこの知らせには問題点が
- 1:28ありました 安徳天皇と三種の神器である天
- 1:31叢雲剣を取り返せなかった と書かれていたのです
- 1:35頼朝は武士による政治を行うために 着々と準備をしていたところで
- 1:40あり その政治を朝廷に認めてもらう
- 1:43には 安徳天皇と三種の神器の存在が必要
- 1:46不可欠だと考えていました それを義経は取り返せなかった
- 1:51のです もともと義経は後白河法皇から
- 1:54検非違使に任命され 勝手に官職を受けるなど
- 1:57命令に背いていた経緯があります さらに梶原景時からの
- 2:02義経を鎌倉に入れるべきではない という忠告もあり
- 2:05頼朝は義経を鎌倉へと入れない ことを決意します
- 2:09そんなことも知らず義経は 鎌倉へと向かっていき
- 2:13鎌倉の一歩手前腰越で頼朝からの 使者と出会います
- 2:18使者は義経を鎌倉に入れることは できないことを伝え
- 2:22捕虜として連れてきた宗盛たち を預かり
- 2:25鎌倉へと帰っていくのです 取り残された義経は腰越宿で足
- 2:29止めです こうして義経が書いたのが有名な
- 2:32腰越状ですね 頼朝にむけて許してくれという
- 2:36内容の手紙を書き 取り次いでもらったという話ですね
- 2:40しかし義経の必死の懇願は受け入れ られず
- 2:441ヶ月待たされて頼朝から返ってきた 返事は
- 2:46宗盛を連れて京都へと帰れ という返事でした
- 2:51こうして平家滅亡の立役者である 義経は
- 2:54トボトボと京都へと帰ることになります
- 2:561185年10月17日 さて京都へと戻った義経のやか
- 3:01たに 鎌倉から送られてきた刺客
- 3:03土佐坊昌俊が現れます 義経は自ら応戦し撃退するのですが
- 3:09この暗殺未遂事件によって義経 は頼朝討伐を決意
- 3:12次の日には後白河法皇の元へと 行き
- 3:15頼朝追討の院宣を出してもらう のでした
- 3:17義経はこの時源行家と手を組ん でいましたので
- 3:22彼と一緒に西国へと向かおうと します
- 3:24義経は九州行家は四国に基盤があった ので
- 3:28西を拠点に頼朝に対抗していこう と考えたのです
- 3:31大物ノ浦現在の尼崎市です その大物ノ浦から船に乗り西へ
- 3:37と向かうのですが この時暴風で船は難破
- 3:41仲間も散り散りになってしまい 義経は西へ行くのを諦めます
- 3:46さて後白河法皇が頼朝追討の院 宣を出したとなれば鎌倉は黙って
- 3:51いられません 頼朝が怒って上洛してくるという
- 3:54噂を聞いた後白河法皇は さすがにまずいと焦り
- 3:57慌てて取り繕い義経追討の院宣 を出しますが
- 4:01すでに鎌倉から北条時政が千の 兵を従えて京都へと向かってきて
- 4:06おり到着 頼朝追討とは何事かとせまります
- 4:11頼朝は後白河法皇が頼朝に反旗 を翻したことを取引材料として
- 4:16後白河法皇に要求を飲ませるの です
- 4:18それは義経と行家を探すために 全国に守護を
- 4:23荘園や公領に地頭を設置すること でした
- 4:27鎌倉時代の始まりが1192年から11 85年に変わった
- 4:32という話を聞いたことがある人は 多いと思います
- 4:34いい国作ろう鎌倉幕府が いい箱作ろう鎌倉幕府に変わった
- 4:39という話ですね 1192年は頼朝が征夷大将軍に任命
- 4:44された年で 以前はこの年からが鎌倉時代と
- 4:47考えられていました 今は1185年の守護地頭設置からが
- 4:52鎌倉時代という考えが主流です じゃあこの守護地頭っていうの
- 4:56は何なのかということを これらが置かれた理由から考えて
- 4:59いきましょう 置かれた理由は先ほど言いました
- 5:02義経と行家の逮捕のためです 日本全国に幕府側の人間を置き
- 5:08警察のような仕事をさせること で逃げ道をなくした
- 5:11っていうところまではわかると思います この警察のような仕事をしていた
- 5:15のが守護です 問題は地頭ですよね
- 5:18大体地頭について調べたら税を 集める仕事
- 5:22とか書かれています 義経と行家の逮捕のためになんで
- 5:26税を集める必要があるの って思いますが
- 5:29警察だってただで活動できるわけ ではありません
- 5:32なので地頭は逮捕のための活動 費を集めていた
- 5:36と考えればいいと思います
- 5:38さてこうして義経は包囲網を広 げられ
- 5:41逃亡生活が始まります 暴風で仲間と散り散りになって
- 5:45しまったので 仲間は僅かな数です
- 5:48その中には武蔵坊弁慶と静御前 の姿もありました
- 5:52静御前というのは義経の愛人ですね 義経たちは難破した後現在の四天王寺
- 5:58で一晩過ごし 吉野山へと向かいます
- 6:02当時女人禁制とされていました ので
- 6:04静御前は山には入れません こうして静御前は義経一行と行動
- 6:09を別にするようになるのです 義経はこの後山伏の格好に変装
- 6:14して奥州へと向かっていくのですが 静御前はここで捕まります
- 6:19京都での取り調べの後鎌倉へと 送られるのです
- 6:23元々静御前は京都の中で100人に 1人の白拍子とされていたので
- 6:29鎌倉にいた北条政子はぜひとも 静が舞うところを見てみたい
- 6:32と思っていました これを頼朝に許可してもらい静御前
- 6:36は 鶴岡八幡宮で舞うことになるの
- 6:39です 現在の鶴岡八幡宮には舞殿があります
- 6:42が 当時はこの舞殿はありませんでした
- 6:46いまこの舞殿があるあたりには 回廊があったのです
- 6:49なので静は回廊で舞ったと考え られています
- 6:53この時の伝説は有名ですよね 頼朝の目の前であるにも関わら
- 6:57ず 義経を慕う舞を踊ったことにより
- 6:59頼朝は激怒 しかし一緒に見ていた北条政子
- 7:03が もしも私が彼女の立場なら同じ
- 7:05ことをする として仲裁に入ったことで静は
- 7:09一命を取り留めた という伝説です
- 7:11この時静御前は子供を身篭って おり
- 7:14女なら助けるがもしも男だったら 殺すと言われていました
- 7:19しかし生まれてきたのは男の子 静御前は泣き叫びながら男の子
- 7:24を庇うのですが 最後には取り上げられてしまい
- 7:27由比ヶ浜に沈められてしまいます
- 7:29さて義経の話に戻りましょう 義経はこのようなルートを通って
- 7:34幼い頃に過ごした奥州平泉へと 到着するのですが
- 7:38この逃げている最中に通った 安宅の関が舞台の有名な伝説があります
- 7:42よね 勧進帳です
- 7:45この時義経一行は山伏の格好を している
- 7:48という情報がバレており 山伏は関所を通れないようになって
- 7:52いました しかし義経一行は安宅の関を通
- 7:56らなければ奥州へと抜けることは できない
- 7:58まさに命をかけて関を通ろうとする のです
- 8:02その関を守っていたのは富樫泰 家という役人
- 8:05弁慶は南都焼き討ちで失われた 東大寺の再建のため
- 8:09勧進を集める旅をしていると嘘を つきます
- 8:13勧進というのは寄付のことです ここで富樫は
- 8:16じゃあ証拠の勧進帳を見せてもら おうかと言うのですが
- 8:20弁慶は嘘をついているのでもち ろん勧進帳なんて持っていません
- 8:24しかし全く焦った様子も見せずに たまたま持っていた白紙の巻物
- 8:29を広げ まるで本当にそこに書いてある
- 8:31かのようにスラスラと勧進帳を 読み上げていくのでした
- 8:35これを見て富樫は関所を通してあげる のですが
- 8:38すぐに呼び止められます 荷物持ちが怪しいというのです
- 8:42この荷物持ちに扮していたのは 実は義経
- 8:45富樫は義経の変装を見破ったの です
- 8:48もはや逃げることはできないと思 ったその時
- 8:52弁慶が持っていた杖で義経を叩き 始めます
- 8:55お前の顔が義経に似ているから 疑われているのだ
- 8:58と叫びながらです 弁慶はなんならこの荷物持ちを
- 9:02ここで殺しましょうか と富樫に聞きます
- 9:05富樫は流石にそこまでは望んで いないとして
- 9:07主君を守る弁慶の行動に感激し 義経一行を見逃すのです
- 9:13この時富樫は荷物持ちの正体は 義経だと確信していたと伝わって
- 9:18いますが 主君を守るために主君を殴るという
- 9:22辛い役目をしている弁慶に心打 たれた
- 9:24という話が後世の日本人の心を 強く打ち
- 9:28現在でも語り継がれています もちろん弁慶は後に涙を流して
- 9:32義経に謝罪をするのですが 義経も弁慶の気持ちはわかって
- 9:36います 弁慶を許して奥州へと向かって
- 9:42いくのでした
- 9:43さてこうして平泉へと到着した 義経一行
- 9:44彼らの逃避行は詳しくはわかって おらず
- 9:47多くの伝説を生んでいます 中でも今回紹介した勧進帳なんか
- 9:51は歌舞伎でも大人気の演目ですよ ね
- 9:54しかし平泉で平穏な生活を送っている 義経に
- 9:58頼朝の魔の手が伸びてきます 次の動画では
- 10:00衣川の戦いについてお話しします それではまた次の動画で
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