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【平安時代】56 保元の乱は詳しく見れば理解できる!【日本史】 — Transcript

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  1. 0:01はいどうもみなさんこんにちは
  2. 0:02今回はいよいよ保元の乱について解説していきます
  3. 0:05この保元の乱戦い自体はたった四時間で決着がつくのですが
  4. 0:09乱が勃発するまでがめちゃめちゃ複雑です
  5. 0:13それではさっそくいってみましょう
  6. 0:15なぜ院政が始まったのかまで解説しましたよね
  7. 0:18そもそも院政期というのはどこからどこまでかというと
  8. 0:20白河上皇鳥羽上皇後白河上皇 この三人の上皇が政治を行った期間のことです
  9. 0:26さてそんな三人の上皇について
  10. 0:30白河上皇から順に見ていきます
  11. 0:33白河上皇がまだ天皇だった頃の 有名な話があります
  12. 0:37滋賀県大津市にある三井寺
  13. 0:43この寺は天智天皇天武天皇持統天皇の産湯として使われた井戸があることで有名なのですが
  14. 0:47平安時代にはこの寺に頼豪という僧がいました
  15. 0:50頼豪のお祈りはよく効くと評判の僧で
  16. 0:55その噂を聞いた白河天皇は
  17. 0:59男の子が生まれるように祈ってくれ と頼み
  18. 1:01男の子が生まれたらなんでも願いを聞いてやろう
  19. 1:04と約束するのです 頼豪の祈りの効果は抜群で
  20. 1:09白河天皇のもとには敦文親王が誕生します
  21. 1:13さて約束を果たしてもらおうとした頼豪ですが
  22. 1:16彼の願いは三井寺にも戒壇を設立したい
  23. 1:20という願いでした しかし延暦寺から反対されたことにより
  24. 1:24戒壇設立はされず
  25. 1:26白河天皇は約束を果たしませんでした それに怒った頼豪は
  26. 1:31断食して自殺をした上で怨霊となり 敦文親王を呪い殺すのです
  27. 1:38その後白河天皇は延暦寺にお祈りを頼みます
  28. 1:42これによって生まれたのが善仁親王 後の堀河天皇です
  29. 1:46延暦寺の力の強さが伺えます
  30. 1:49この頃の延暦寺といえば僧兵が有名です
  31. 1:53院政期は仏教勢力が力を強めた時代でもあり
  32. 1:57お寺にいるお坊さんが武器を持って 戦うことがありました
  33. 2:01彼らのことを僧兵といいます 武蔵坊弁慶が延暦寺の僧兵だといえば
  34. 2:07イメージはつくと思います 当時有名だった僧兵は南都北嶺
  35. 2:12つまり平城京にある興福寺と 比叡山にある延暦寺の僧兵でした
  36. 2:19興福寺の僧兵は奈良法師と呼ばれ 春日大社の御神木を持って様々な要求をしていました
  37. 2:23春日大社といえば藤原氏の氏神なので
  38. 2:28藤原氏は御神木を前にすると要求を飲まざるを得ないのです
  39. 2:31一方延暦寺の僧兵は山法師と呼ばれ
  40. 2:37日吉神社の神輿をかついで様々な要求をしていました
  41. 2:41日吉神社といえば大国主神が主祭神なので
  42. 2:45上皇は神輿を前にすると要求を飲まざるを得ないのです
  43. 2:50白河上皇と延暦寺の関係で有名なのが三不如意ですね
  44. 2:55賀茂川の水双六の賽山法師は是 朕が心に従はざるもの
  45. 3:01賀茂川の洪水とサイコロの目と 延暦寺の僧兵だけが
  46. 3:05白河上皇の思った通りにならなかった という言葉です
  47. 3:10逆にいえばそれ以外は思った通り になったってことですね
  48. 3:13さて白河上皇は堀河天皇のころに実権を握り
  49. 3:18院政を始めます 白河上皇は孫の鳥羽天皇
  50. 3:22ひ孫の崇徳天皇の時代まで 上皇として実権を握り続けるのですが
  51. 3:26この崇徳天皇実は鳥羽上皇の子供ではありません
  52. 3:30どういうことかというと
  53. 3:32崇徳天皇は待賢門院と白河上皇が
  54. 3:37現代で言う不倫をして産まれた子でした
  55. 3:41つまり鳥羽上皇からしたら崇徳天皇 は息子ではなく叔父にあたるのです
  56. 3:45こういった事情もあり鳥羽上皇は崇徳天皇のことを叔父子と呼び
  57. 3:48息子として認めずに冷遇しました
  58. 3:54白河上皇が死んだら 実権は鳥羽上皇へとうつり
  59. 3:57こんどは鳥羽上皇が院政をはじめます 鳥羽上皇は白河上皇が実権を握っていたから
  60. 4:03嫌いな崇徳天皇に対しても
  61. 4:06表立っては対立していませんでしたが
  62. 4:08白河上皇がいなくなったとなると 話は別です
  63. 4:11二人の仲はさらに悪くなっていくのでした
  64. 4:15鳥羽上皇には待賢門院とは別に 美福門院という妻がいました
  65. 4:19崇徳天皇は表面上待賢門院との 子供ということになっているので
  66. 4:24鳥羽上皇は美福門院との間にできた子である
  67. 4:28体仁親王に即位してほしいと思っていました
  68. 4:31鳥羽上皇自身も美福門院のことが大好きだったので
  69. 4:34体仁親王が即位するのは自然な
  70. 4:37流れです しかし普通に皇位を継いだわけ
  71. 4:41ではありません 鳥羽上皇は思いもよらない行動
  72. 4:44に出ます なんと
  73. 4:45崇徳天皇に対して体仁親王を養子 にするように勧めるのです
  74. 4:51崇徳天皇にとってはいい話ですよ ね
  75. 4:53次期天皇が自分の養子になる つまり次期天皇の父である崇徳天皇
  76. 5:00は上皇として院政を行う道筋が見える のです
  77. 5:05もちろん崇徳天皇はこの話に賛成 して
  78. 5:07体仁親王を養子とし 体仁親王に譲位します
  79. 5:12この体仁親王が近衛天皇です
  80. 5:15しかし そんないい話を鳥羽上皇が崇徳天皇
  81. 5:18にするわけありません 養子縁組は鳥羽上皇の罠だった
  82. 5:23のです 鳥羽上皇は
  83. 5:25近衛天皇が即位する際に 近衛天皇の肩書を皇太弟としました
  84. 5:32皇太子ではなく皇太弟です つまり崇徳天皇は近衛天皇の兄
  85. 5:40であって父ではない と宣言したことと同じです
  86. 5:43院政は天皇の父の家系が行なって いくものなので
  87. 5:47兄である崇徳天皇は院政を行う ことはできません
  88. 5:51鳥羽上皇は崇徳天皇に嫌がらせ をしたのですね
  89. 5:55これによって崇徳天皇は鳥羽上 皇と近衛天皇とも対立していく
  90. 5:59のです さて天皇家の解説はここで一旦
  91. 6:02止めて この頃の藤原氏はどうなってい
  92. 6:05たかについて話します 天皇家は崇徳天皇チームと鳥羽
  93. 6:09上皇近衛天皇チームに分かれた ということだけ覚えておいてください
  94. 6:14さて少し時間を戻します 堀河天皇の時代には白河上皇が
  95. 6:19院政を行い始めましたね 摂関政治が終わり院政が始まった
  96. 6:25と聞くと摂政や関白という地位 がなくなったように感じてしま
  97. 6:29いますが 院政期にも摂関の地位は一応あります
  98. 6:34院政が始まった理由を解説した 動画の
  99. 6:35最後に出てきた藤原忠真 彼は堀河天皇の頃に摂関の地位
  100. 6:41となります 藤原氏による摂関政治が衰退している
  101. 6:45時期に生まれた不遇な忠実ですが 彼は経験不足もあって不祥事を
  102. 6:50連発します それによって白河上皇からはあまり
  103. 6:54信頼されていなかったのです そんな忠実には忠通という子供
  104. 6:59がいました 白河上皇は不祥事だらけの忠実
  105. 7:03を摂関の地位から外し 息子の忠通を摂関の地位につける
  106. 7:08のです この忠通が保元の乱の主要人物
  107. 7:11となっていきます 藤原氏から出たもう一人の主要
  108. 7:15人物は 忠通の弟である頼長
  109. 7:19この兄弟は藤原氏なので最も重要な ことは天皇の外祖父になること
  110. 7:24です 二人はそれぞれ聖子と多子を
  111. 7:28近衛天皇と結婚させ 対立していくのでした
  112. 7:32さぁやっと天皇家と摂関家の話 がつながりました
  113. 7:35こうやって天皇家は 崇徳天皇と鳥羽上皇近衛天皇チーム
  114. 7:39に分かれ 藤原家は忠通と頼長チームにわか
  115. 7:42れます しかし
  116. 7:44近衛天皇は子供を産まずに崩御 してしまうのです
  117. 7:48となると次の天皇候補は重仁親王 と雅仁親王です
  118. 7:53鳥羽上皇は崇徳天皇のことが嫌い なので
  119. 7:55崇徳天皇の子どもである重仁親王 は選ばないでしょう
  120. 8:00しかしもう一人の天皇候補である 雅仁親王は
  121. 8:03今様という庶民向けの歌にハマ りまくっていて
  122. 8:06鳥羽上皇としては雅仁親王にも 皇位を渡したくなかったのです
  123. 8:11例えて言うなら 雅仁親王は突然ラップにハマって
  124. 8:14ラッパーに弟子入りした上に レペゼン天皇家とか言ってるような
  125. 8:18イメージです そんな人に皇位を譲りたくない
  126. 8:21と思うのは当然でしょう
  127. 8:22雅仁親王に皇位を継がせるわけ にはいかない
  128. 8:26しかし重仁親王に譲位したら崇徳 上皇が院政を始めてしまう
  129. 8:31こんな状況で鳥羽上皇が目をつけた のは雅仁親王の息子
  130. 8:35守仁親王でした 守仁親王は頭がいいから皇位を
  131. 8:39継がせるには申し分ありません とはいえ天皇の父が天皇を経験
  132. 8:44していないのはよろしくない こういった考えから
  133. 8:47守仁親王に皇位を継がせる中継 ぎとして
  134. 8:51今様狂いの雅仁親王が皇位を継承 するのです
  135. 8:55そうやって雅仁親王が即位して 後白河天皇となります
  136. 9:00これでもかと言うほど鳥羽上皇 に嫌われた崇徳上皇ですが
  137. 9:04後白河天皇が即位したことによって 実権を握る道は完全に閉ざされました
  138. 9:09崇徳上皇の我慢は限界です そんな時ついに鳥羽上皇が崩御
  139. 9:15します これによって今まで我慢していた
  140. 9:17崇徳上皇が爆発 武力によって政治の実権を奪おう
  141. 9:21とするのです こうして天皇家が上皇の座をかけて
  142. 9:26藤原氏が摂関の座をかけて 二つに分かれて戦います
  143. 9:30この戦いが保元の乱です
  144. 9:32とはいえ天皇家も藤原氏も自ら 戦う様なことはしません
  145. 9:37代理戦争の形を取るのです 武器持って戦っている貴族なんて
  146. 9:41想像つきませんからね ということで保元の乱は源氏と
  147. 9:45平家の代理戦争となっていきます といっても源氏vs平家という形
  148. 9:50ではありません 源氏も平家も二つに分かれて戦う
  149. 9:54のです この頃は北面武士と呼ばれる武士
  150. 9:57たちが上皇の住まいを守ってい ました
  151. 10:00もともと彼らは僧兵が強訴しに きたときに追い払うという
  152. 10:04防御的な役目だったのですが この保元の乱あたりから邪魔者
  153. 10:09を倒すという 攻撃的な役目も持つ様になって
  154. 10:13きたのです こうして後白河天皇側に雇われた
  155. 10:16のが平清盛と源義朝 崇徳上皇側に雇われたのが平忠
  156. 10:22正と源為義 そして為朝でした
  157. 10:27ついに保元の乱開戦です
  158. 10:30鳥羽上皇が崩御したという知らせ を聞いた後白河天皇は
  159. 10:34すぐに自分の里内裏である高松 殿に平清盛や源義朝を召集し防御
  160. 10:40を固めます 対して崇徳上皇は暗い夜のうち
  161. 10:44にこっそりと鳥羽にある田中殿 を後にして
  162. 10:48白河北殿へと移動するのです 鳥羽上皇は白河北殿に住んでいた
  163. 10:53のでそこを占領することにより 鳥羽上皇の後継者は自分だと表明
  164. 10:58したのでしょう こうやって高松殿と白河北殿に
  165. 11:02続々と兵が集まってきます
  166. 11:04もちろんこの頃の京都には電気 なんてありませんから夜は真っ暗
  167. 11:08になります それぞれに集まった兵たちは夜の
  168. 11:11うちに 暗闇に隠れて相手の陣地に攻め
  169. 11:14込むように意見するのです この意見を崇徳上皇は却下し後
  170. 11:20白河天皇は採用しました
  171. 11:23後白河天皇側の兵は3つに分かれて 進軍します
  172. 11:26ここで清盛は謎の行動にでるの です
  173. 11:29大きく回り道をしてから白河北 殿へと進むのでした
  174. 11:33この回り道には様々な説があり 占いで悪い方角にいかない様にした
  175. 11:38説や 朝日の光が目に入らない様に場所
  176. 11:42や時間を調節した説 自分の兵を減らさない様にした
  177. 11:46説などがあります 戦況は夜に先手を打った後白河
  178. 11:51天皇側が圧倒的優勢 さらに朝日が登ってきた頃には
  179. 11:56白河北殿に火をつけて 後白河天皇側が圧勝するのでした
  180. 12:01戦っている最中に東三条院に移動 していた後白河天皇は東側から
  181. 12:06立ち上る煙を見て 勝利を確信したと伝わっています
  182. 12:10こうやって保元の乱に勝利した 後白河天皇は
  183. 12:13守仁親王に譲位して院政をはじめる のでした

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