【明治時代】233 桂園時代と大逆事件 桂太郎&西園寺公望【日本史】 — Transcript
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- 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は桂園時代についてお話し
- 0:05していきます 桂園時代というのは
- 0:07桂太郎と西園寺公望が交互に 総理大臣に就任していた期間のこと
- 0:12です 桂太郎の桂と
- 0:15西園寺公望の園を取って 桂園時代ということですね
- 0:18この頃に明治天皇が崩御される ので
- 0:221つの時代の変わり目でもあります ということでこの動画で
- 0:25明治時代最後の日本の様子を 確認していきましょう
- 0:31さて明治時代最後ということで 簡単に明治時代の政治情勢を
- 0:35振り返ります 江戸幕府を倒すことで成立した
- 0:39明治政府は 薩摩長州土佐肥前の人々が
- 0:43力を持っていました しかし彼らは征韓論で分裂
- 0:47負けた人々は政府を去り 武力で政府に反発する人々と
- 0:52言論で政府に反発する人々に分かれ ました
- 0:55しかし武力での反発は失敗してしまった ため
- 0:57言論での反発が主流となっていき ます
- 1:00これが自由民権運動でした 大久保利通が殺された後
- 1:04政府に残った伊藤と大隈は対立 するようになり
- 1:08大隈重信が政府から追い出されて しまいます
- 1:11こうして板垣退助が自由党 大隈重信が立憲改進党を設立し
- 1:17政党として政府に対抗していく のです
- 1:20彼らは一度は合体しましたが 結局方向性の違いから分裂
- 1:24一方政府も 政党の力も必要だと考える伊藤
- 1:28派と 政党の力は必要ないと考える山県
- 1:32派の2つに 分裂していました
- 1:34その後政党寄りの考えを持って いた伊藤は
- 1:37旧自由党勢力と共に政党を組織 します
- 1:41これが立憲政友会です この状態で世代交代が行われ
- 1:45桂太郎が山県有朋の後を継ぎ 西園寺公望が伊藤博文の後を継
- 1:51いだのです つまり桂園時代というのは
- 1:54藩閥勢力と政党勢力が 交代で政治を行った時代なのです
- 1:59さて話が日露戦争まで追いつき ました
- 2:02日露戦争の講和会議は アメリカの仲介によって進められて
- 2:06います ポーツマス条約です
- 2:08この講和会議の間にも桂太郎は 戦争が終わった後の国内政治は
- 2:13どうしようと考えていました
- 2:15戦争中は挙国一致ということで 立憲政友会は桂内閣に協力して
- 2:21いましたが 戦争が終わるとなると話は別です
- 2:25戦争中は協力してやっただろう 次は我々に政権を渡せ
- 2:29そのように考え始めます ということで藩閥の代表である
- 2:33桂太郎と 立憲政友会の代表である原敬が
- 2:37会談 戦争が終わったら政友会に政権
- 2:40を譲る という話し合いが行われました
- 2:43しかし桂太郎もただでは渡しません 政権は譲る
- 2:47しかし日露講和会議は厳しい状況 だ
- 2:51どんな条件になっても講和に賛成 してくれ
- 2:54と言ったのです
- 2:55こうして始まった桂園時代ですが 桂太郎が藩閥の代表とはいえ
- 3:00その背後にいるのは山県有朋です その山県有朋の政治的影響力はと
- 3:05ても強く 陸軍や枢密院
- 3:08貴族院のなかにも大きな勢力を 持っていました
- 3:12一方立憲政友会は 原敬を中心に
- 3:15衆議院の第一党を確保している 状況で
- 3:18少しずつ勢力基盤を拡大している ところです
- 3:21つまり西園寺が総理大臣の時は 山県や桂が軍部や貴族院を率いて
- 3:27外から協力し 反対に桂が総理大臣の時は
- 3:31西園寺や原敬が政友会を率いて 協力する
- 3:35そのようなシナリオが この後数年間続いていったのです
- 3:38こうして日露戦争後桂太郎は退 陣し
- 3:42西園寺公望が総理大臣となります 第一次西園寺内閣です
- 3:46しかし日露戦争が終わったとい っても
- 3:49すぐに安心することはできません ロシアが復讐として
- 3:52南下してくる可能性がありました しかも今までの日本は
- 3:56島国を守るという考え方でよかった のですが
- 3:59大陸に進出したことにより その考え方は通用しなくなります
- 4:04こうして立てられた計画が 帝国国防方針です
- 4:07この帝国国防方針というのは 大規模な軍備拡張を行う
- 4:12という計画でした 陸軍と海軍の間で内容を決めて
- 4:16明治天皇に意見を提出し 明治天皇がこれを
- 4:20西園寺公望に伝えました その計画では
- 4:23陸軍はロシアに対抗するために 17個師団を25個師団に増強
- 4:28海軍はアメリカに対抗するために 戦艦8隻と巡洋戦艦8隻を中心とする
- 4:34大艦隊 八八艦隊を建設する
- 4:37というものでした
- 4:38これにはもちろんですが 莫大なお金がかかります
- 4:41しかしこの時の日本にはお金がありません なぜなら日露戦争で沢山お金を
- 4:46使ったのに 賠償金を得ることができていなかった
- 4:49からです この財政難が影響して
- 4:52軍備拡張計画は思ったようには 進みませんでした
- 4:56国防方針はもっともだ しかし今の日本の財力では不可能
- 5:01に近い そのような状態だったのです
- 5:03財政難となればやることは1つです 支出を減らして
- 5:07収入を増やす これしかありません
- 5:10ということで支出を減らそうと しましたが
- 5:12当時の日本には 減らすことができない事業が多
- 5:14すぎて なかなか進みません
- 5:16となるとそれをカバーするほど に
- 5:19収入を増やすしかないでしょう ということで増税が行われます
- 5:23日本は日露戦争中に 非常事態だから戦争中だけ増税
- 5:27する と言っていた税金がありました
- 5:30それを日露戦争後も継続し 新しい税金も作っていったのです
- 5:35そんな状態だったので国民の税 負担は
- 5:37日清戦争の頃から増え続けており 国民は限界を迎えつつありました
- 5:43当然ですが税金を払えない人が 増えていき
- 5:46国民は困窮 一言でいうとこの頃の日本は
- 5:49支出が多いから増税 しかし国民にそこまでの税負担
- 5:53をする力はない というものだったのです
- 5:56こうなると 国民の税負担能力をあげて収入
- 5:59を増やすか 政府の事業を減らして
- 6:01支出を減らすしかないでしょう ということで原敬が動きます
- 6:06収入を増やすために地方改良運動 を
- 6:08支出を減らすために郡制廃止運動 を行っていきます
- 6:12地方改良運動が動き始めるのは もう少し後のことなので
- 6:16ここでは郡制廃止運動について みていきましょう
- 6:20当時日本の地方自治体は 府県の下に郡があり
- 6:23郡の下に町村があるという制度 でした
- 6:26原敬はこの中間にある郡に注目 し
- 6:30郡の仕事は少ない 郡をなくしたら500万円くらい節約
- 6:35できる と考えたのです
- 6:37しかし問題はこの郡が藩閥の根拠 地だったことです
- 6:41藩閥勢力は郡を通して町村を統制 していたので
- 6:45この原敬の提案に反対します 原敬の郡制廃止法律案は衆議院
- 6:50では可決されたものの 藩閥の影響力が強い
- 6:54貴族院で止められてしまいました しかし原敬はあきらめません
- 6:59なんと地方長官を集めて会議を 開き
- 7:01府県知事に政治に関する意見書 を出させ
- 7:04原敬自ら知事に質問を重ね 回答できない人物をあぶり出し
- 7:09始めました こうして能力が無いものについて
- 7:12はクビにして 知事の大幅な入れ替えを行った
- 7:15のです このように原敬率いる立憲政友会
- 7:18は 藩閥勢力の切り崩しに尽力して
- 7:21いきました
- 7:22さて先ほどから言っている通り この頃の国民たちは
- 7:25負担を強いられている状況だった ので
- 7:27労働運動が激しくなっていきます そんな中で労働運動家たちが
- 7:32日本社会党の結党届を出すのです 西園寺内閣は
- 7:36弾圧一辺倒で社会主義を抑える のはよくない
- 7:38と考えていたため これを承認しました
- 7:42こうして日本で初めて 合法の社会主義政党が組織され
- 7:46労働者たちは選挙権獲得のために 動き始めたのです
- 7:50丁度この頃東京では 市電の電車賃が
- 7:53三銭から五銭に値上げされることが 話題になっており
- 7:56日本社会党はこの反対運動に取り 組んでいきます
- 8:00しかしその運動の中で 民衆を扇動してデモを開始
- 8:04この民衆の行動が予想以上にエスカ レートし
- 8:07日比谷公園で電車を止め 石を投げ込んだ後
- 8:10市電の本社と市役所を破壊する という事態になりました
- 8:14日比谷焼き討ち事件の再現となった わけです
- 8:17この運動の結果 社会主義の弾圧を招き
- 8:20社会党幹部の大半はごっそり検挙 されてしまいました
- 8:24そんな中 幸徳秋水がアメリカから帰って
- 8:27きて 選挙なんて言ってる場合じゃない
- 8:30直接行動に出よう 全国レベルで労働者を団結させ
- 8:33ストライキを行おう と主張しました
- 8:36こうして日本社会党は 直接行動を主張する急進派と
- 8:40普通選挙を主張する穏健派の2つ に分裂しました
- 8:44その後急進派が優勢になり 社会運動はどんどん過激化して
- 8:48いきます
- 8:49こうなると様子を見ていた西園寺 内閣も
- 8:51さすがにこれはまずい と考えるようになりました
- 8:55ということで 日本社会党に解散を命じ
- 8:57これ以降社会主義者に対する弾圧 を
- 9:00強めていきます
- 9:01そのような弾圧に対する反発も あって
- 9:04社会主義は更に過激化 ある時捕まっていた仲間の
- 9:08出獄を歓迎した社会主義者たち が
- 9:10出獄歓迎会で革命歌を歌い 赤旗をかかげて
- 9:14無政府主義万歳を絶叫しながら 行進する
- 9:17という事件が起きました 赤旗事件です
- 9:20結局警察官と衝突して 殴る蹴るの取っ組み合いになり
- 9:24多数の検挙者を出しています
- 9:26この赤旗事件を受けて山縣有朋 が動きます
- 9:29西園寺公望が社会主義にゆるすぎる からこうなった
- 9:33即刻辞めさせるべきだ そう主張したのです
- 9:36つまり藩閥勢力が政党勢力をつぶし にかかったのでした
- 9:40こうなると西園寺公望もやって られません
- 9:43元々西園寺公望は 政権維持に執着していなかったため
- 9:47辞任圧力に嫌気がさしていました 原敬は
- 9:51せっかく直前の選挙で政友会が 圧勝したのだから
- 9:54と引き止めましたが 西園寺公望は総辞職を断行
- 9:58こうして第一次西園寺内閣が倒れ 第二次桂内閣が成立します
- 10:03この桂内閣で出されたのが 戊辰詔書です
- 10:06この頃の日本では 日露戦争の勝利によって
- 10:09日本は欧米列強と並ぶ一等国になった と盛んに喧伝されていました
- 10:15今まで国家目標としてきた富国 強兵が
- 10:18ついに達成されたのです しかし目標が達成されたにも関
- 10:22わらず 国民の生活は苦しいままです
- 10:25今までやってきたことは正しかった のだろうか
- 10:28そのような疑問が国民の中に浮 かび
- 10:30目標を見失い始めてしまいます こうして社会が混乱してきてい
- 10:34ました そのような状況を見た第二次桂
- 10:37内閣は これはまずい
- 10:39日本が進むべき方向性を示さな ければ
- 10:42そう考えて戊辰詔書を出したの です
- 10:45そこでは 節約と勤勉による国力の増強を
- 10:48強調し 国民に進むべき方向を示したの
- 10:52でした
- 10:53戊辰詔書によって進むべき方向 が決まった
- 10:55となると 本格的に地方改良運動が始まって
- 10:58いきます やったことは多すぎるので
- 11:01ここでは紹介しませんが 一言で表すと戊辰詔書の
- 11:05節約と勤勉による国力の増強 これを地方に徹底させた
- 11:10ということになるでしょう つまり結局のところは
- 11:13支出を減らして 収入を増やす
- 11:15ということです
- 11:16さて社会主義の話に戻ります 藩閥の影響が強い桂内閣です
- 11:21取り締まりは一段と厳しくなります この頃に長野県の製材所の宮下
- 11:26太吉ら 数人の急進的な無政府主義者が
- 11:30天皇がすべての社会悪の根源だ と考えて暗殺を計画し
- 11:34爆弾を製造していました その事が発覚すると
- 11:37多くの社会主義者が捕まっていき ます
- 11:40大逆事件です 中には計画には直接関係しない
- 11:44幸徳秋水のような 恐らく無実と考えられる人物も
- 11:48逮捕され 12名が死刑になっています
- 11:50その後政府は 社会主義者無政府主義者を厳しく
- 11:54取り締まるため 警視庁内に特別高等課
- 11:57いわゆる特高と呼ばれる思想警察 を設置
- 12:00国民の大多数は社会主義を危険 視するようになり
- 12:03社会主義の活動は 衰えていきました
- 12:06こうして社会主義者たちにとって の
- 12:08冬の時代が訪れたのです
- 12:10この後桂太郎は総理を引退します が
- 12:13その際に元老会議を開きませんでした 元老たちは皆老い衰えた
- 12:19この後は次の世代が育っていく 時代だ
- 12:21そう考えたのです こうして桂太郎は
- 12:24山県有朋にすら意向を聞かず 西園寺公望を次の総理大臣に推薦
- 12:30こうして桂太郎は新しい世代の 元老となり
- 12:33第二次西園寺内閣が成立したの です
- 12:40さていかがだったでしょうか この第二次西園寺内閣のころに
- 12:43明治天皇が崩御され 大正に改元されます
- 12:47明治天皇の死が国民に与えた衝撃 はとても大きく
- 12:50皇居前の広場は 明治天皇の病気が治るのを祈る
- 12:54国民で溢れかえり 崩御の知らせが伝わると大きな
- 12:57絶望が広がりました しかし日本国民は前を向きます
- 13:02世界に目を向けると 中国では革命が起きており
- 13:05日本もその影響を大きく受けてい ました
- 13:08時代が変わる そう感じていた日本人も多かった
- 13:11でしょう こうして新しい時代に期待する
- 13:14なか 大正時代が始まっていきます
- 13:17ということで次の動画では 大正時代についてお話ししていき
- 13:20ます それではまた次の動画で
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