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【明治時代】219 大日本帝国憲法と内閣制度【日本史】 — Transcript

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  1. 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は大日本帝国憲法について
  2. 0:05お話ししていきます 大日本帝国憲法とは
  3. 0:08明治時代から昭和時代までの間 の日本のきまりです
  4. 0:12つまり明治時代から昭和時代まで を理解するためには
  5. 0:15大日本帝国憲法について理解する ことが
  6. 0:18重要なのです ということでこの動画で
  7. 0:21大日本帝国憲法とはどのような ものかを
  8. 0:24確認していきましょう
  9. 0:28江戸幕府を倒して成立した明治 政府は
  10. 0:31内部分裂を引き起こして 争うようになっていきました
  11. 0:35しかし武力で政府に抵抗した人々 は死んでしまったので
  12. 0:38武力での抵抗は不可能だと悟った 人々が
  13. 0:42言論で抵抗するようになっていき ます
  14. 0:44これが自由民権運動でした 初めの頃は政府もこの運動を無視
  15. 0:49していましたが 次第に無視できない規模になって
  16. 0:52きて とうとう政府は
  17. 0:54民権派が主張していた 国会開設を約束します
  18. 0:58さてこうして政府は 国会開設へと動き始めました
  19. 1:02そうなると憲法 つまり国のきまりを制定する必要
  20. 1:06に迫られていきます 普通であれば国会を開いた後に
  21. 1:10みんなで議論しながら憲法を作る という手順が自然でしょう
  22. 1:14しかし明治政府はそうしませんでした 憲法を作った後に国会を開いた
  23. 1:20のです なぜなら
  24. 1:21もしも国会を開いた後に憲法を 作れば
  25. 1:25民権派が憲法に口出しをしてくる のは確実です
  26. 1:29当時の政府は 今の日本は重要な時期だ
  27. 1:32そんな時期に国民が政治に口出し してきたら困る
  28. 1:35と考えていたので 国会を開く前に憲法を作ってしまい
  29. 1:40政府に都合のいい憲法を制定した のでした
  30. 1:42このような経緯で作られた大日本帝国憲法 ですが
  31. 1:46その基本方針を決めたのは 伊藤博文岩倉具視井上毅の3人でした
  32. 1:53井上毅というのは岩倉具視から 絶大なる信頼を置かれていた人物
  33. 1:58で 大日本帝国憲法の実質的な起草
  34. 2:01者 つまり作った人です
  35. 2:03これら3人によって 憲法の基本方針が決定されたことを
  36. 2:07受けて 代表の伊藤博文がドイツへと向かい
  37. 2:10ました
  38. 2:12伊藤博文がドイツを訪れた理由 は
  39. 2:14憲法の調査です ヨーロッパの名門大学である
  40. 2:18ベルリン大学を訪れた伊藤博文 は
  41. 2:20法学者グナイストのもとを訪れて 憲法について学んだのでした
  42. 2:25しかし当時の日本は 極東にある小さな国
  43. 2:28グナイストは 日本が憲法を制定すると聞いて
  44. 2:32も そんなこと本当にできるのかと
  45. 2:35疑っており 伊藤博文への講義も
  46. 2:37ほとんどの場合弟子のモッセが 代わりに行っていました
  47. 2:40つまりあまりやる気がなかった のです
  48. 2:44そんな伊藤博文にとっての転機 は
  49. 2:46シュタインとの出会いでした 夏休みにウィーン大学
  50. 2:49こちらもヨーロッパの名門大学 ですが
  51. 2:52その大学を訪れた伊藤は シュタインの講義を受けて感銘
  52. 2:55を受けます これまで受けてきたモッセの講義
  53. 2:58とは違い シュタインの講義は
  54. 3:00国家や政治哲学など 幅広い内容を扱う講義だったから
  55. 3:04です こうしてシュタインの講義を通
  56. 3:07して伊藤博文は これからの日本が向かうべき方
  57. 3:09向についての考えをまとめていき ます
  58. 3:12その影響もあって大日本帝国憲法 は
  59. 3:15ドイツの影響を強く受けたもの となっているのです
  60. 3:18伊藤がヨーロッパにいたのは約 一年半
  61. 3:21帰国した頃の伊藤は 憲法に関するカリスマ的存在に
  62. 3:25成長しており 憲法制定の中心人物となっていき
  63. 3:29ます
  64. 3:30こうして帰国した伊藤博文は 日本の政治体制を作り変えていき
  65. 3:34ます 伊藤の頭の中には
  66. 3:36国会を開いた後も民権派を抑え 込まなければ
  67. 3:39という考えがあったので 政府に有利で民権派に不利な制度
  68. 3:43を作っていきました まず最初に伊藤が取り掛かった
  69. 3:46のが 宮内省
  70. 3:47つまり天皇周辺の改革です 新しい日本を作るためには
  71. 3:52天皇周辺の制度を新しくしなければ ならない
  72. 3:55そのような考えのもと 改革が進められました
  73. 3:58こうして宮中府中の分離と華族 令が公布されます
  74. 4:02宮中府中の分離というのは 宮中つまり皇室と
  75. 4:06府中つまり政府を制度的に分離 する
  76. 4:10というものです 更に華族令で
  77. 4:12華族は公爵侯爵伯爵子爵男爵の 5つに分けられます
  78. 4:18こうして下準備を終えた伊藤博文 は
  79. 4:21これまでの太政官制を廃止して 新しく内閣制を導入しました
  80. 4:26これまでの太政官制では 太政大臣と左大臣と右大臣が
  81. 4:30天皇に政治責任を持ち 参議はそれらの三大臣を補佐する
  82. 4:35だけでした しかし現実では
  83. 4:37政治の実権は早くから参議の手 に移っていたのです
  84. 4:41ということで三大臣を廃止して 参議をそのまま各大臣とし
  85. 4:46彼らによって政治が行われるように なりました
  86. 4:49しかしそうなると困るのは 三条実美です
  87. 4:52彼は太政大臣をしていたので 三大臣が廃止されたら
  88. 4:56行き場を失くしてしまうのでした そこで伊藤博文は
  89. 4:58新たに内大臣という職をもうけて 三条実美に天皇と国の印璽の管理
  90. 5:05を任せます こうして内閣の外で直接天皇に
  91. 5:08助言する資格を持つ 内大臣が成立したのです
  92. 5:12そんな内閣制度では 内閣は総理大臣と各省の長官である
  93. 5:16国務大臣により構成されています 太政官制からあった
  94. 5:20宮内外務内務大蔵陸軍海軍司法 文部農商務の各省はそのまま引き
  95. 5:27継がれ 逓信省が新設されました
  96. 5:30初代総理大臣は伊藤博文 国務大臣はそれぞれこのように
  97. 5:34なりました 4名が旧薩摩藩
  98. 5:374名が旧長州藩出身者だということ からも
  99. 5:40この頃の政府は 薩長出身者によって運営されて
  100. 5:43いたことがわかるでしょう これを藩閥政府と呼びます
  101. 5:47このような準備を進めた上で公布 されたのが
  102. 5:49大日本帝国憲法です 形式としては天皇が臣民に与えた
  103. 5:54という形式となっており 先ほども言った通り
  104. 5:57ドイツの影響が強いものでした この憲法制定により日本は
  105. 6:01アジア初の立憲国家になりました ので
  106. 6:04欧米列強に大きく近づいたのです それではこの大日本帝国憲法の
  107. 6:09特徴について見ていきましょう
  108. 6:11まず注目すべき特徴は 権力の頂点に天皇を位置づけた
  109. 6:16ということでしょう 憲法第一条の大日本帝国ハ万世
  110. 6:20一系ノ天皇之ヲ統治ス という文言と
  111. 6:24第三条の天皇ハ神聖ニシテ侵ス ヘカラスという文言から
  112. 6:29それらを読み取ることができます 立法権行政権司法権に注目して
  113. 6:34みると 帝国議会内閣裁判所といったように
  114. 6:38形上は三権分立の形を取ってい ましたが
  115. 6:41最終権限は天皇にありました 天皇は帝国議会の協賛をもって
  116. 6:44立法権を行使し 各国務大臣の輔弼をもって行政
  117. 6:45権を行使し 司法権は裁判所が天皇の名をもって
  118. 6:46行う とはいえ実質的には
  119. 6:47天皇が政治介入する余地はほとんど なく
  120. 6:48第四条では 此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
  121. 6:53と書かれており いくら天皇といえども
  122. 6:55この憲法の規定によって制限されて いました
  123. 6:59つまり明治以降の日本という国 は
  124. 7:01天皇が憲法によって統べる立憲 国家となったのです
  125. 7:06それでは 立法権を持っている帝国議会について
  126. 7:09もう少し詳しく見ていきましょう
  127. 7:11帝国議会は現代で言うところの国 会にあたります
  128. 7:15衆議院と貴族院の2つで構成されて おり
  129. 7:18衆議院は国民の中から選挙で選 ばれた議員
  130. 7:21貴族院は皇族華族国家の功労者 や学識者などで組織されていました
  131. 7:28衆議院の議員数は300で 貴族院の議員数は251です
  132. 7:34そんな帝国議会の仕事は2つあります 1つ目が法律を作ったり変えたり
  133. 7:40廃止したりすること 2つ目が政府から提出される予算
  134. 7:44の審査でした しかし法律と予算が通るのには
  135. 7:48一定の条件が定められており 衆議院と貴族院のどちらともが
  136. 7:52法案を可決した上で 天皇による許可が降りた場合に
  137. 7:56のみ それらが通るという仕組みでした
  138. 7:59少し具体的に見てみましょう
  139. 8:01まず最初に行われるのは選挙です 国民の中から選挙で選ばれた人々
  140. 8:06は 衆議院に入ります
  141. 8:08貴族院には特権階級しか入れません 衆議院の人々は元はと言えば国民
  142. 8:13なので 多くの場合は税金を払いたくない
  143. 8:17と考えているでしょう なので衆議院が税金を下げろ
  144. 8:21といった要求をしてくることは 予想できます
  145. 8:24そんな時のために貴族院がある のです
  146. 8:27貴族院は特権階級なのでその要求 を飲みません
  147. 8:31このように貴族院は衆議院を抑制 する役割を持っていたのです
  148. 8:35しかしそうなると衆議院も それなら俺たちも言うことを聞かない
  149. 8:39と言うでしょう となると衆議院が取る対抗手段
  150. 8:43は 政府から提出された予算に文句
  151. 8:46をつけて こんな予算は通してやらん
  152. 8:49と言うことです こうなった場合政府は
  153. 8:51予算が決まらなくて困りますね なので政府はあらかじめ
  154. 8:55予算が決まらない場合には前年度 の予算が施行される
  155. 8:59といった決まりを作っていました このように当時の帝国議会は
  156. 9:03現在の国会よりもずっと制約が多い ものでした
  157. 9:07また明治時代には天皇の最高の 相談相手として
  158. 9:11元老と呼ばれる有力な長老政治家 がいました
  159. 9:15元老というのは何人もいて 集団で天皇の代行を行っている
  160. 9:20ようなイメージです 元老は憲法や法律に規定されていません
  161. 9:24でしたが 総理大臣を天皇が選ぶ際に推薦
  162. 9:28したり 戦争の際に天皇に助言したりする
  163. 9:31ので これ以降の歴史に大きな影響を
  164. 9:33与えていきます
  165. 9:35また天皇が意見を求めるための 機関として
  166. 9:37枢密院というものが置かれました 最初は大日本帝国憲法を制定する
  167. 9:43ために作られた機関でしたが 憲法制定後も機関として存続し
  168. 9:47天皇が政治に関する重要事項について 意見を求めた際には
  169. 9:51独自の判断でそれに答えていきました
  170. 9:54さてこのような大日本帝国憲法 ですが
  171. 9:57大日本帝国憲法が運用されていく と
  172. 10:00この憲法は構造上の欠陥を抱えている ことがわかってきます
  173. 10:04その欠陥が見つかるのは まだ先の話ですが
  174. 10:07このタイミングで少しだけ触れて おきます
  175. 10:09その欠陥というのは 第十一条の統帥権の独立です
  176. 10:14統帥権というのは 軍隊の最高指揮権のことです
  177. 10:18大日本帝国憲法のもとでは 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
  178. 10:23と定められており 天皇が大元帥として軍隊を動かす
  179. 10:28権限を持ち それを助ける機関として
  180. 10:30陸軍参謀本部と海軍軍令部がありました ポイントは内閣や議会が
  181. 10:35統帥権に介入することはできない 仕組みになっていた
  182. 10:39ということです これが後に軍部の暴走の原因と
  183. 10:42なっていき 参謀本部と軍令部は戦争へと向かって
  184. 10:49いきます
  185. 10:51さていかがだったでしょうか このようにして日本は
  186. 10:53大日本帝国憲法を発布して これからの日本が進む方向性を
  187. 10:58決定しました こうして1890年
  188. 11:01つまり国会開設の年がやってき ます
  189. 11:04ということで次の動画では 初期議会についてお話ししていき
  190. 11:07ます それではまた次の動画で

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