【幕末】196 薩英戦争勃発!将軍上洛と攘夷決行【日本史】 — Transcript
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- 0:00尊王攘夷 幕末を席巻したその思想は
- 0:04日本を大きく変えていきます 京都では過激な尊王攘夷派が力
- 0:09をつけ 幕府に攘夷決行を要求
- 0:12この要求を将軍家茂は承諾し 詳細を伝えるために上洛する
- 0:17と返答します こうしてついに将軍家茂が
- 0:21京都へと向かうことになるのです
- 0:28はいどうもみなさんこんにちは 今回は
- 0:30将軍上洛と攘夷決行についてお 話ししていきます
- 0:33前回の動画で上洛を約束した将軍 家茂は
- 0:37ついに京都へとむかいます しかし当時の京都は尊王攘夷派
- 0:41の巣窟 家茂はその勢いに押されて
- 0:44攘夷決行を約束させられるのです これを受けて長州藩は
- 0:49実際にアメリカの船を攻撃 薩摩藩は生麦事件のツケが回って
- 0:54きて イギリスとの戦争に突入します
- 0:56それでは大きな流れが掴めたところで 前回の動画の続きから
- 1:00お話を始めていきましょう
- 1:06将軍が京都に行く この出来事は実に229年ぶり
- 1:10徳川家光以来のことでした しかしこの頃の京都は超危険地帯
- 1:16尊王攘夷を掲げた過激派たちが 暗殺や人斬りを行っており
- 1:20とても将軍が滞在できるような 状態ではありません
- 1:24一応幕府は京都に京都所司代という 機関を置いて
- 1:28京都の治安維持にあたらせてい ましたが
- 1:30彼らは尊王攘夷派からの逆恨み を恐れて
- 1:33捜査に本腰を入れていません 幕府の役人が
- 1:37そんな感じだったので天誅と称 したテロ行為は
- 1:40留まることを知らず 治安維持を担当する町奉行所は
- 1:44京都の人々から 死骸の片付役所
- 1:46と呼ばれていました 現代で例えるなら
- 1:49京都県警が殺人事件の捜査をせず に
- 1:52殺された遺体を片付けるだけになって いた
- 1:55という感じでしょうか こうして幕府は
- 1:57もはや京都所司代では対応できない レベルだ
- 2:00京都の治安を改善しようと考えて 新しい役職を設置しました
- 2:05その役職が京都守護職です
- 2:07このような経緯があったので京都 守護職には
- 2:10尊王攘夷派を抑えるような 強大な軍事力が必要でした
- 2:14ここで幕府が目をつけたのが 強大な軍事力を持つ会津藩でした
- 2:19会津藩は東北の重鎮 28万石の親藩大名です
- 2:24実はこの会津藩は これまでの動画で登場しています
- 2:27以前お話しした保科正之を覚えています でしょうか
- 2:30この保科正之という人物は二代 将軍秀忠の隠し子で
- 2:35三代将軍家光の弟に当たる人物 です
- 2:38この保科正之が家光によって引き 立てられ
- 2:41会津藩主となったという話をした と思います
- 2:44このような経緯があったので保科 正之は徳川家に大層感謝しており
- 2:49会津藩の決まりとして 徳川家に代々忠誠を尽くすように
- 2:53という決まりを残していました 当時の会津藩主は
- 2:5628歳の松平容保 こうして若き松平容保に
- 3:01京都守護職の話が回ってきたの です
- 3:05しかし松平容保の京都守護職就任 にあたっては
- 3:08会津藩内でも猛烈な反対意見が 出ています
- 3:12なぜかというと京都守護職の役 目は
- 3:14京都にいる過激な尊王攘夷派の 鎮圧
- 3:17どう考えても貧乏くじです しかし松平容保は
- 3:20保科正之が遺した決まりを守り 徳川家に忠誠を尽くすため
- 3:25京都守護職の任命を引き受たの です
- 3:28こうして会津藩はその後の政局 の上で
- 3:30重要な地位を占めるようになって いくと共に
- 3:32悲劇的な最期へと向かっていく のでした
- 3:36こうして松平容保は 将軍家茂の上洛に先立って京都
- 3:40へと向かいます 松平容保が入ったのは
- 3:42左京区にある黒谷金戒光明寺 ここを本陣として京都守護職は
- 3:47活動していくことになります 同様に将軍に先立って京都へと
- 3:51入ってきたのが 一橋慶喜です
- 3:54つまり反幕府の機運が高まっている 京都に
- 3:57幕府の代表として松平容保と一橋 慶喜が飛び込んでいく様な状況
- 4:02です そのような状況を尊王攘夷派が
- 4:05見逃すわけがありませんでした
- 4:06この時尊王攘夷派は集会を開き 将軍上洛の対策を練っています
- 4:12ここで尊王攘夷派は 将軍が上洛する前に圧力をかけて
- 4:16しまおう と考えたのでした
- 4:19ということで尊王攘夷派は公家 を動かして
- 4:21公家の過激派である三条実美が 一橋慶喜のもとを訪ねることになります
- 4:28攘夷はいつ実行するんだ と迫るわけです
- 4:31これに対して一橋慶喜は 幕府側の人々と相談した上で
- 4:35おそらく四月中旬になるだろう と回答
- 4:38朝廷は京都にいた大名を御所に 召集して
- 4:42攘夷決行を命じます 政治の主導権は
- 4:45完全に尊王攘夷派が握っている 状況でした
- 4:48京都はそのような状況だったの ですが
- 4:50ここで江戸へと視点を移してみ ましょう
- 4:53この時の江戸では将軍家茂が 上洛の準備をしていました
- 4:57そんな家茂のもとにある知らせ が届きます
- 5:00イギリスが大艦隊を横浜に入港 させている
- 5:03というのです このイギリスの行動はもちろん
- 5:06ですが生麦事件の影響 国民を殺されたイギリスが
- 5:10ついに動き始めたのです イギリスの要求は
- 5:14幕府は損害賠償40万ドル 薩摩藩は損害賠償10万ドル
- 5:19もしも拒んだら海を封鎖して 艦隊で鹿児島へ向かう
- 5:24というものでした これを聞いた将軍家茂は急いで
- 5:27江戸を出発 軍事力の差を知る幕府は
- 5:30イギリスの要求を飲みましたが 将軍不在を理由にして
- 5:34期限を先延ばしにしていきます
- 5:36さてこのようにして将軍徳川家 茂は京都へと向かっていきました
- 5:40家茂が入ったのは京都にある二条城 です
- 5:44しかしもちろんですが京都では 尊王攘夷派が待ち構えています
- 5:48家茂は過激な尊王攘夷派に迫られて 攘夷決行を約束させられます
- 5:53その期限は5月10日となりました
- 5:57こうして攘夷決行の期限が決定 困るのは江戸にいる幕府の役人
- 6:02です 攘夷なんて無理だ
- 6:04そう考えていた幕府の役人たち は
- 6:06急いでイギリスに賠償金を支払 って
- 6:09生麦事件の問題を終わらせ 攘夷に決まったから横浜港は閉じる
- 6:14と宣言しました そして攘夷決行の期限
- 6:175月10日となりました
- 6:20多くの藩が攘夷なんて無理だ と考えている中
- 6:23ただ一藩 本気で攘夷を実行した藩がありました
- 6:27長州藩です 尊王攘夷運動の先頭を走っている
- 6:31長州藩は 5月10日になると攘夷を決行
- 6:34たまたま下関の海峡を通ろうとした アメリカの商船を砲撃しました
- 6:39この攻撃は久坂玄瑞のような長州 藩内部の過激派によるもので
- 6:44藩の制止を無視しての行動です 砲撃を受けたアメリカの商船は
- 6:48大破 何とか逃走しましたが
- 6:51これ以降も長州藩は フランス軍艦やオランダ軍艦を
- 6:54相次いで砲撃し続けます もちろん外国もこれには黙って
- 6:59いられません 報復攻撃に出ています
- 7:02特にフランスの報復は強烈で 砲台を破壊した後に占領し
- 7:06村を焼き払って引き上げるとい ったものでした
- 7:10この攻撃によって長州藩は欧米 の軍事力の手強さを思い知りました
- 7:14が 長州藩は諦めません
- 7:16高杉晋作によって奇兵隊が結成 されるのです
- 7:20高杉晋作と奇兵隊については また別の動画でお話ししますの
- 7:24で とりあえず今回の動画では
- 7:26この事件は長州が変わっていく きっかけになった
- 7:28と思っておいてください
- 7:31長州でそんな事件が起こった数 日後
- 7:34錦江湾 現在の鹿児島湾にイギリス艦隊
- 7:37七隻が入ってきました ついに薩摩藩に生麦事件のツケ
- 7:41が回ってきたのです イギリス側は犯人の処刑と賠償金
- 7:46支払いを求めたのですが 薩摩藩は行列を乱した人を切る
- 7:50のは当然だ と主張してこれを拒否
- 7:53交渉は決裂し戦いが始まってしま います
- 7:56攘夷に反対していた薩摩藩が皮 肉にも
- 7:59攘夷を率先して行うような形になって しまったのです
- 8:02こうして始まったのが 薩英戦争です
- 8:06まず動いたのはイギリスでした イギリスは薩摩藩の船3隻を捕獲
- 8:11これをきっかけに戦いが始まり ます
- 8:13船を捕獲された薩摩藩は一斉に 砲撃を開始
- 8:17薩摩藩の一斉砲撃でイギリス艦隊 は動揺します
- 8:21イギリス側はまさか砲撃してくる とは思っていなかったのです
- 8:25この頃薩摩には台風が襲来して おり
- 8:28暴風雨の中での戦闘でした 薩摩藩兵たちは旧式の大砲にも
- 8:32かかわらず善戦 対するイギリス側は新型の大砲
- 8:36一一〇ポンドアームストロング 砲を始めて実戦に使用しており
- 8:40圧倒的なその威力によって 薩摩の城下町は焼失してしまいます
- 8:45二日間にわたる砲撃戦が続いた 後
- 8:48薩摩とイギリス共に大きな被害 を出しており
- 8:51どちらが勝ったと簡単に判断すること ができないほどでした
- 8:55さてこうして薩摩も同様に イギリスの軍事力の手強さを思い
- 8:59知りました 甚大な被害を被った薩摩藩は
- 9:02やはり攘夷は不可能だ と改めて認識するのです
- 9:06対するイギリスも 大損害を与えられていましたの
- 9:09で 薩摩藩は只者じゃない
- 9:11と考える様になります こうして薩摩藩は
- 9:14イギリスと和平を結んだ後 お互いを認め合う関係となり
- 9:19薩摩とイギリスの関係は急速に 改善していきます
- 9:22薩摩藩はイギリスを通して 軍事力の拡充を行っていくのです
- 9:32さていかがだったでしょうか 今回の動画のような流れで
- 9:35ついに攘夷が決行されましたが 結果的に欧米諸国の軍事力の強さ
- 9:40を 思い知ることになりました
- 9:41しかし政治の主導権を握っている のは尊王攘夷派
- 9:45京都では攘夷を行った長州藩が 絶賛され
- 9:48大人気となっている状態です このまま日本は攘夷の道を走り
- 9:52続けてしまうのでしょうか ということで次の動画では
- 9:55八月十八日の政変についてお話し していきます
- 9:58それではまた次の動画で
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