YouTube2Text

【幕末】195 尊王攘夷と長州藩・土佐藩の台頭【日本史】 — Transcript

by YouTube高校 / 日本史・世界史 · 290 words · 148 segments · language ja · Watch on YouTube

Full transcript

  1. 0:01攘夷の念先年来今日に至り絶えず 日夜これを患う
  2. 0:07柳営においては各々変革新政を 施し
  3. 0:11朕が意を慰めんと欲す 怡悦斜めならず
  4. 0:16然れば天下をこぞり 攘夷に一定なきにおいては
  5. 0:21人心一致に至り難からんや
  6. 0:28はいどうもみなさんこんにちは 今回は
  7. 0:31尊王攘夷と長州土佐の台頭について お話ししていきます
  8. 0:35今回の動画は特に複雑な話になる と思うので
  9. 0:38まず最初に動画の全体像を説明 します
  10. 0:42幕府が江戸 朝廷が京都にあるのは大丈夫だ
  11. 0:45と思います 幕末の政局では
  12. 0:47ここに雄藩と呼ばれる藩が関わ ってきます
  13. 0:51今回出てくるのは 薩摩長州土佐です
  14. 0:55そして前回の動画で話した通り 薩摩藩の島津久光が朝廷の力を
  15. 1:00使って 幕府の改革に乗り出すのですが
  16. 1:03久光が京都を離れている間に 長州藩と土佐藩は尊王攘夷派が
  17. 1:08勢力を拡大 朝廷にいた尊王攘夷派の公家と
  18. 1:11繋がって 京都は尊王攘夷に染まります
  19. 1:15そんなところに島津久光が帰ってきた ので
  20. 1:18孤立した久光は薩摩に帰っていく ことになるのです
  21. 1:22これがこの動画の全体像です それではまず
  22. 1:25前回の動画のふり返りから お話を始めていきましょう
  23. 1:32前回の動画では 薩摩藩の島津久光が
  24. 1:35中央に進出してきた話をしました 久光の考えは
  25. 1:39朝廷の権威を利用して 幕府に改革を要求することです
  26. 1:44この考えのもと島津久光は京都 へと上り
  27. 1:47朝廷の協力を取り付けて 江戸へと向かいました
  28. 1:51江戸についた久光は 一橋慶喜を将軍後見職
  29. 1:55松平春嶽を政事総裁職に就任させ 目的を達成するのです
  30. 2:02さて目的を達成した島津久光は 達成感に満ち溢れていたことでしょう
  31. 2:08京都に帰って朝廷に 目的達成を報告しなければなりません
  32. 2:12なので島津久光は江戸を出発し 京都に向かっていきました
  33. 2:17しかしその道中で ある事件が起こります
  34. 2:20久光の行列が神奈川近郊の生麦 村に差し掛かった時
  35. 2:254名のイギリス人が馬に乗って 久光の方へと進んできました
  36. 2:30大名行列が通るときには 馬を降りなければなりません
  37. 2:34イギリス人たちは そのルールを知らなかったのです
  38. 2:37これを見た薩摩藩士が 馬に乗って見下ろすとは何事か
  39. 2:41と怒ります こうして行列を乱したイギリス
  40. 2:44の商人を 斬り殺してしまったのです
  41. 2:47この事件が 生麦事件です
  42. 2:49あくまでもたまたま起きた事件 だったし
  43. 2:52当時の日本の風習を考えると当然 のことでした
  44. 2:56しかし日本の人々の目には 薩摩も攘夷の立場を採るようになった
  45. 3:00と映ったでしょう
  46. 3:01では外国の人々の目には この事件はどう映ったのでしょう
  47. 3:06結論から言うと 外国人たちは
  48. 3:08薩摩藩の行動の方が野蛮だ と考えました
  49. 3:12こうして生麦事件の処理をめぐ って
  50. 3:14日本とイギリスの関係は悪化して いきます
  51. 3:18横浜の居留地にいた外国人たち は会議を開き
  52. 3:21今後の対応を話し合います この時たまたまイギリス軍艦が
  53. 3:253隻日本にきていたので 外国人たちの中からは
  54. 3:29この軍艦を使って島津に報復しよう という主張も上がってきました
  55. 3:34しかし肝心のイギリス外交部が もしそれを実行すれば日本と戦争
  56. 3:39になる と言ってこれを拒否
  57. 3:42イギリス軍艦も問題に関わることを 断りました
  58. 3:45つまり日本にいたイギリス人は 慎重な対応をし
  59. 3:48イギリス本国からの指示を待った のです
  60. 3:51一方島津久光の一行は そのまま東海道を西へと向かい
  61. 3:56ました こうして島津久光は京都に到着
  62. 4:00任務遂行を朝廷に報告しようと しました
  63. 4:03しかし 島津久光が京都に戻った時には
  64. 4:07京都の情勢が一変していたのです せっかく江戸で頑張った久光でした
  65. 4:12が 朝廷はちゃんと報告を聞いてくれ
  66. 4:14ません 冷たい対応に久光はガッカリしながら
  67. 4:18薩摩へと帰ったことでしょう 一体なぜこのようなことになった
  68. 4:22のでしょう
  69. 4:23朝廷のそのような対応には 長州藩と土佐藩が関わっていました
  70. 4:28この頃の長州藩では長井雅楽という 人物が
  71. 4:32土佐藩では吉田東洋という人物 が力を持っており
  72. 4:35二人とも開国論者 つまり幕府に近い考え方をしていた
  73. 4:39のです しかし島津久光が京都に到着した
  74. 4:43くらいから この形勢が変わっていきます
  75. 4:46土佐藩では武市半平太という人物 が台頭し
  76. 4:50吉田東洋を暗殺 藩の方針を尊王攘夷に切り替え
  77. 4:54ます 同じ様に長州藩では
  78. 4:56久坂玄瑞や桂小五郎といった人物 が長井雅楽を排斥
  79. 5:01最終的に切腹へと追い込んで 藩の方針を尊王攘夷に切り替え
  80. 5:05ます つまり島津久光が京都を離れて
  81. 5:09江戸にいる間に 長州と土佐は尊王攘夷へと方針
  82. 5:13を変更し 京都の朝廷を牛耳っていたのです
  83. 5:17さてここで出てきた尊王攘夷 という言葉ですが
  84. 5:20これ以降の動画でもたくさん出て きます
  85. 5:23なのでこのタイミングで意味を確認 しておきます
  86. 5:26尊王攘夷というのは 元々別の思想で
  87. 5:30尊王は天皇を尊ぶという思想 攘夷は外国を排除する
  88. 5:35という思想のことです これらは時間が経つにつれて
  89. 5:381つの思想として合体しました というのも
  90. 5:42この時天皇だった 孝明天皇の性格が大きく影響しています
  91. 5:46なぜなら孝明天皇は外国嫌い 攘夷を支持する立場だったから
  92. 5:50です そうなると天皇を敬っている人
  93. 5:53たちは 天皇は攘夷を望んでいる
  94. 5:56天皇のいうことを尊重しろ と考えます
  95. 5:59このような流れで尊王思想と攘夷 思想は
  96. 6:021つの思想として合体したのです
  97. 6:05このような尊王攘夷思想という のは
  98. 6:07武士たちの中だけでなく 当時の公家の中にも広まっています
  99. 6:12特に有名なのが三条実美で 彼は長州土佐と手を組んで
  100. 6:17薩摩藩に対抗していきました こうして長州土佐の台頭によって
  101. 6:22朝廷は尊王攘夷へと方針を変更 ここに島津久光が江戸から帰ってきた
  102. 6:27ので 冷たい対応をされたのです
  103. 6:30江戸での改革を一応朝廷に報告 した久光は
  104. 6:34その直後に京都を出発し 薩摩に帰っていきました
  105. 6:38せっかくはるばる薩摩から出て きたのに
  106. 6:40その帰路は虚しい思いだったでしょう こうして薩摩藩の勢力は
  107. 6:45後退を余儀なくされたのです
  108. 6:47さて京都はこのような経緯で 尊王攘夷に染まっていったのですが
  109. 6:52尊王攘夷派はまだ満足していません なぜなら幕府の方針が
  110. 6:56いつか攘夷しますといった感じ で期限が決まっておらず
  111. 7:00曖昧だったからです ということで尊王攘夷派は幕府
  112. 7:03に対して 攘夷実行の期限を決めさせよう
  113. 7:06としました ここで尊王攘夷派は過激な行動
  114. 7:09をとっていきます 攘夷に反対する人物を殺していき
  115. 7:13殺した人物の耳や腕などを屋敷 に投げ込むなどして
  116. 7:17公家たちを怯えさせていくのです 公家たちはもしも攘夷に反対したら
  117. 7:22自分も殺される と考える様になり
  118. 7:25尊王攘夷派に逆らうことができなく なりました
  119. 7:28このように尊王攘夷派は武力で 朝廷を脅して操り
  120. 7:32幕府に攘夷を命令させようとした のです
  121. 7:36この様な状況を見た孝明天皇は 尊王攘夷派に強い反感を持つように
  122. 7:40なります もちろん孝明天皇は外国嫌いなので
  123. 7:44攘夷に関しては賛成です しかし勢いに乗った尊王攘夷派
  124. 7:49は 攘夷のためなら何をしても良い
  125. 7:51と考えるようになっていました 要するに孝明天皇の名前を盾にして
  126. 7:57暴走を始めたのです そのようなことを孝明天皇は望ん
  127. 8:01でいません あくまでも孝明天皇は
  128. 8:03幕府と手を取り合って攘夷を行 いたかったのです
  129. 8:07しかし政治の主導権を握っている のは尊王攘夷派
  130. 8:10孝明天皇はその操り人形となって いました
  131. 8:14こうして尊王攘夷派は朝廷を動 かして
  132. 8:17幕府に攘夷実行の勅使を送らせる のです
  133. 8:21内容は先ほど言った通り 攘夷実行の期限についてでした
  134. 8:26勅使として江戸に下った三条実 美は江戸城に入り
  135. 8:30いつまで攘夷をしないつもりだ 早く攘夷を決行しろ
  136. 8:34と主張しました 将軍家茂に対して天皇から攘夷
  137. 8:38決行が命じられたのです これを受けて家茂は攘夷実行を
  138. 8:42約束 家茂は近く上洛し詳細を申し上げます
  139. 8:47と言って 京都へ行くことを約束するのでした
  140. 8:55さていかがだったでしょうか このように京都では
  141. 8:58長州藩土佐藩 そして三条実美のような尊王攘夷
  142. 9:02派が台頭したことで 朝廷が幕府に攘夷実行を命令
  143. 9:06将軍家茂が京都に向かうと返事 をする事態にまで発展します
  144. 9:11最後に将軍が上洛したのは徳川家 光の頃
  145. 9:14実に229年ぶりの出来事となります 幕府にとっても朝廷にとっても
  146. 9:20大きなイベントです ということで次の動画では
  147. 9:23将軍上洛と攘夷決行についてお 話ししていきます
  148. 9:26それではまた次の動画で

About this transcript

This page contains the full transcript of 【幕末】195 尊王攘夷と長州藩・土佐藩の台頭【日本史】 by YouTube高校 / 日本史・世界史, generated from the public captions YouTube serves with the video. The transcript has 290 words across 148 segments, with the original timestamps preserved so you can click any line to jump to that moment in the embedded player.

What you can do with it

Use the transcript to take notes, quote the speaker, build a study guide, generate a summary with ChatGPT or Claude via the YouTube Summary tool, or export it as a timed subtitle file with YouTube to SRT. You can also re-open it in the transcriber to translate the transcript into 100+ languages.

Free YouTube transcript tool

YouTube2Text is a free YouTube transcript generator — no signup, no daily limit. Paste any YouTube link and get the full transcript instantly, with timestamps, click-to-jump, translation to 100+ languages, AI prompts for ChatGPT, Claude, and Gemini, and exports to TXT, SRT, VTT, or Markdown.