【幕末】195 尊王攘夷と長州藩・土佐藩の台頭【日本史】 — Transcript
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- 0:01攘夷の念先年来今日に至り絶えず 日夜これを患う
- 0:07柳営においては各々変革新政を 施し
- 0:11朕が意を慰めんと欲す 怡悦斜めならず
- 0:16然れば天下をこぞり 攘夷に一定なきにおいては
- 0:21人心一致に至り難からんや
- 0:28はいどうもみなさんこんにちは 今回は
- 0:31尊王攘夷と長州土佐の台頭について お話ししていきます
- 0:35今回の動画は特に複雑な話になる と思うので
- 0:38まず最初に動画の全体像を説明 します
- 0:42幕府が江戸 朝廷が京都にあるのは大丈夫だ
- 0:45と思います 幕末の政局では
- 0:47ここに雄藩と呼ばれる藩が関わ ってきます
- 0:51今回出てくるのは 薩摩長州土佐です
- 0:55そして前回の動画で話した通り 薩摩藩の島津久光が朝廷の力を
- 1:00使って 幕府の改革に乗り出すのですが
- 1:03久光が京都を離れている間に 長州藩と土佐藩は尊王攘夷派が
- 1:08勢力を拡大 朝廷にいた尊王攘夷派の公家と
- 1:11繋がって 京都は尊王攘夷に染まります
- 1:15そんなところに島津久光が帰ってきた ので
- 1:18孤立した久光は薩摩に帰っていく ことになるのです
- 1:22これがこの動画の全体像です それではまず
- 1:25前回の動画のふり返りから お話を始めていきましょう
- 1:32前回の動画では 薩摩藩の島津久光が
- 1:35中央に進出してきた話をしました 久光の考えは
- 1:39朝廷の権威を利用して 幕府に改革を要求することです
- 1:44この考えのもと島津久光は京都 へと上り
- 1:47朝廷の協力を取り付けて 江戸へと向かいました
- 1:51江戸についた久光は 一橋慶喜を将軍後見職
- 1:55松平春嶽を政事総裁職に就任させ 目的を達成するのです
- 2:02さて目的を達成した島津久光は 達成感に満ち溢れていたことでしょう
- 2:08京都に帰って朝廷に 目的達成を報告しなければなりません
- 2:12なので島津久光は江戸を出発し 京都に向かっていきました
- 2:17しかしその道中で ある事件が起こります
- 2:20久光の行列が神奈川近郊の生麦 村に差し掛かった時
- 2:254名のイギリス人が馬に乗って 久光の方へと進んできました
- 2:30大名行列が通るときには 馬を降りなければなりません
- 2:34イギリス人たちは そのルールを知らなかったのです
- 2:37これを見た薩摩藩士が 馬に乗って見下ろすとは何事か
- 2:41と怒ります こうして行列を乱したイギリス
- 2:44の商人を 斬り殺してしまったのです
- 2:47この事件が 生麦事件です
- 2:49あくまでもたまたま起きた事件 だったし
- 2:52当時の日本の風習を考えると当然 のことでした
- 2:56しかし日本の人々の目には 薩摩も攘夷の立場を採るようになった
- 3:00と映ったでしょう
- 3:01では外国の人々の目には この事件はどう映ったのでしょう
- 3:06結論から言うと 外国人たちは
- 3:08薩摩藩の行動の方が野蛮だ と考えました
- 3:12こうして生麦事件の処理をめぐ って
- 3:14日本とイギリスの関係は悪化して いきます
- 3:18横浜の居留地にいた外国人たち は会議を開き
- 3:21今後の対応を話し合います この時たまたまイギリス軍艦が
- 3:253隻日本にきていたので 外国人たちの中からは
- 3:29この軍艦を使って島津に報復しよう という主張も上がってきました
- 3:34しかし肝心のイギリス外交部が もしそれを実行すれば日本と戦争
- 3:39になる と言ってこれを拒否
- 3:42イギリス軍艦も問題に関わることを 断りました
- 3:45つまり日本にいたイギリス人は 慎重な対応をし
- 3:48イギリス本国からの指示を待った のです
- 3:51一方島津久光の一行は そのまま東海道を西へと向かい
- 3:56ました こうして島津久光は京都に到着
- 4:00任務遂行を朝廷に報告しようと しました
- 4:03しかし 島津久光が京都に戻った時には
- 4:07京都の情勢が一変していたのです せっかく江戸で頑張った久光でした
- 4:12が 朝廷はちゃんと報告を聞いてくれ
- 4:14ません 冷たい対応に久光はガッカリしながら
- 4:18薩摩へと帰ったことでしょう 一体なぜこのようなことになった
- 4:22のでしょう
- 4:23朝廷のそのような対応には 長州藩と土佐藩が関わっていました
- 4:28この頃の長州藩では長井雅楽という 人物が
- 4:32土佐藩では吉田東洋という人物 が力を持っており
- 4:35二人とも開国論者 つまり幕府に近い考え方をしていた
- 4:39のです しかし島津久光が京都に到着した
- 4:43くらいから この形勢が変わっていきます
- 4:46土佐藩では武市半平太という人物 が台頭し
- 4:50吉田東洋を暗殺 藩の方針を尊王攘夷に切り替え
- 4:54ます 同じ様に長州藩では
- 4:56久坂玄瑞や桂小五郎といった人物 が長井雅楽を排斥
- 5:01最終的に切腹へと追い込んで 藩の方針を尊王攘夷に切り替え
- 5:05ます つまり島津久光が京都を離れて
- 5:09江戸にいる間に 長州と土佐は尊王攘夷へと方針
- 5:13を変更し 京都の朝廷を牛耳っていたのです
- 5:17さてここで出てきた尊王攘夷 という言葉ですが
- 5:20これ以降の動画でもたくさん出て きます
- 5:23なのでこのタイミングで意味を確認 しておきます
- 5:26尊王攘夷というのは 元々別の思想で
- 5:30尊王は天皇を尊ぶという思想 攘夷は外国を排除する
- 5:35という思想のことです これらは時間が経つにつれて
- 5:381つの思想として合体しました というのも
- 5:42この時天皇だった 孝明天皇の性格が大きく影響しています
- 5:46なぜなら孝明天皇は外国嫌い 攘夷を支持する立場だったから
- 5:50です そうなると天皇を敬っている人
- 5:53たちは 天皇は攘夷を望んでいる
- 5:56天皇のいうことを尊重しろ と考えます
- 5:59このような流れで尊王思想と攘夷 思想は
- 6:021つの思想として合体したのです
- 6:05このような尊王攘夷思想という のは
- 6:07武士たちの中だけでなく 当時の公家の中にも広まっています
- 6:12特に有名なのが三条実美で 彼は長州土佐と手を組んで
- 6:17薩摩藩に対抗していきました こうして長州土佐の台頭によって
- 6:22朝廷は尊王攘夷へと方針を変更 ここに島津久光が江戸から帰ってきた
- 6:27ので 冷たい対応をされたのです
- 6:30江戸での改革を一応朝廷に報告 した久光は
- 6:34その直後に京都を出発し 薩摩に帰っていきました
- 6:38せっかくはるばる薩摩から出て きたのに
- 6:40その帰路は虚しい思いだったでしょう こうして薩摩藩の勢力は
- 6:45後退を余儀なくされたのです
- 6:47さて京都はこのような経緯で 尊王攘夷に染まっていったのですが
- 6:52尊王攘夷派はまだ満足していません なぜなら幕府の方針が
- 6:56いつか攘夷しますといった感じ で期限が決まっておらず
- 7:00曖昧だったからです ということで尊王攘夷派は幕府
- 7:03に対して 攘夷実行の期限を決めさせよう
- 7:06としました ここで尊王攘夷派は過激な行動
- 7:09をとっていきます 攘夷に反対する人物を殺していき
- 7:13殺した人物の耳や腕などを屋敷 に投げ込むなどして
- 7:17公家たちを怯えさせていくのです 公家たちはもしも攘夷に反対したら
- 7:22自分も殺される と考える様になり
- 7:25尊王攘夷派に逆らうことができなく なりました
- 7:28このように尊王攘夷派は武力で 朝廷を脅して操り
- 7:32幕府に攘夷を命令させようとした のです
- 7:36この様な状況を見た孝明天皇は 尊王攘夷派に強い反感を持つように
- 7:40なります もちろん孝明天皇は外国嫌いなので
- 7:44攘夷に関しては賛成です しかし勢いに乗った尊王攘夷派
- 7:49は 攘夷のためなら何をしても良い
- 7:51と考えるようになっていました 要するに孝明天皇の名前を盾にして
- 7:57暴走を始めたのです そのようなことを孝明天皇は望ん
- 8:01でいません あくまでも孝明天皇は
- 8:03幕府と手を取り合って攘夷を行 いたかったのです
- 8:07しかし政治の主導権を握っている のは尊王攘夷派
- 8:10孝明天皇はその操り人形となって いました
- 8:14こうして尊王攘夷派は朝廷を動 かして
- 8:17幕府に攘夷実行の勅使を送らせる のです
- 8:21内容は先ほど言った通り 攘夷実行の期限についてでした
- 8:26勅使として江戸に下った三条実 美は江戸城に入り
- 8:30いつまで攘夷をしないつもりだ 早く攘夷を決行しろ
- 8:34と主張しました 将軍家茂に対して天皇から攘夷
- 8:38決行が命じられたのです これを受けて家茂は攘夷実行を
- 8:42約束 家茂は近く上洛し詳細を申し上げます
- 8:47と言って 京都へ行くことを約束するのでした
- 8:55さていかがだったでしょうか このように京都では
- 8:58長州藩土佐藩 そして三条実美のような尊王攘夷
- 9:02派が台頭したことで 朝廷が幕府に攘夷実行を命令
- 9:06将軍家茂が京都に向かうと返事 をする事態にまで発展します
- 9:11最後に将軍が上洛したのは徳川家 光の頃
- 9:14実に229年ぶりの出来事となります 幕府にとっても朝廷にとっても
- 9:20大きなイベントです ということで次の動画では
- 9:23将軍上洛と攘夷決行についてお 話ししていきます
- 9:26それではまた次の動画で
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