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【江戸時代】184 賄賂政治?革新的?田沼意次ってどんな人?【日本史】 — Transcript

by YouTube高校 / 日本史・世界史 · 364 words · 184 segments · language ja · Watch on YouTube

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  1. 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は田沼意次についてお話し
  2. 0:05していきます 田沼意次というと評価が難しい
  3. 0:09人物で 賄賂政治家の極悪人という評価
  4. 0:13があると思えば 反対に清廉潔白で革新的な政治家
  5. 0:17だった という評価もあります
  6. 0:20今回の動画で そんな田沼意次が
  7. 0:22どんな人物だったのか確認して いきましょう
  8. 0:28田沼意次が政治の実権を握って いた時代のことを
  9. 0:32田沼時代と言います 田沼時代は
  10. 0:35徳川家重家治が将軍職に就いて いた時期ですが
  11. 0:39この二人は政治を主導しようとする タイプではなかったため
  12. 0:43側近の田沼意次が政治を主導していた のです
  13. 0:47一応将軍の家族関係を見ておく と
  14. 0:50徳川家重は前回お話しした 徳川吉宗の息子にあたります
  15. 0:55この家重は 言葉を明瞭に話すことができない
  16. 0:58障害を持っていたことが知られて おり
  17. 1:01周囲の人からすると家重が何と 言っているのかわからない
  18. 1:05という状況でした しかしただ一人だけ
  19. 1:08家重の言葉を理解することができる 人物がいました
  20. 1:11幼い頃から家重に仕えていた 側用人の大岡忠光です
  21. 1:17彼だけが家重の話していることを 理解できたようで
  22. 1:20家重からすごく信頼されていました そんな大岡忠光の後輩として
  23. 1:26家重に仕えるようになったのが 田沼意次でした
  24. 1:30ここから田沼意次は出世の階段 を登り始めたのです
  25. 1:34しかし家重は先ほど言った通り の様子だったので
  26. 1:38徳川吉宗は家重に対して あまり期待をしていなかったようです
  27. 1:42吉宗が期待をしていたのは 孫に当たる家治でした
  28. 1:47家治は何をさせても人並み以上 にこなすという具合だったので
  29. 1:51吉宗はとにかく家治を可愛がって 育てていたようです
  30. 1:55その後徳川家重が引退して 徳川家治が十代将軍になります
  31. 2:00ので 吉宗仕込みの帝王学を
  32. 2:03家治が発揮する かと思ったら
  33. 2:05そうはなりませんでした 家重の代から活躍していた田沼意次
  34. 2:10は 家治の代でも活躍を続けており
  35. 2:13家治は田沼意次を側用人に任命 したのです
  36. 2:18さてこうして二代にわたる将軍 から信頼されたことにより
  37. 2:22幕府政治をリードし始める田沼意次 ですが
  38. 2:26田沼意次が権力を握ることができ たのには
  39. 2:29田沼家が紀州出身の家だった ということが関係しています
  40. 2:34どういうことかというと 以前の動画で紀州藩主だった徳川吉宗
  41. 2:38が将軍となった話をしたと思います その際に吉宗は
  42. 2:43紀州藩主時代の家臣たちを 幕臣として取り立てており
  43. 2:47その中に田沼意次の先祖がいた のです
  44. 2:50つまり田沼意次は 当時最も幕府内で勢いを持って
  45. 2:55いた 紀州藩出身グループに所属していた
  46. 2:57のでした そう言った関係で吉宗の息子である
  47. 3:01家重 その息子である家治に仕えて大名
  48. 3:04となり 頭角を表していったのです
  49. 3:08さてこうして政治の表舞台に現 れた田沼意次ですが
  50. 3:12彼が生きた時代は財政難という 性質と
  51. 3:15急速な経済成長という性質を持って いました
  52. 3:20田沼意次というと賄賂のイメージ が強いですが
  53. 3:23賄賂の横行は この二つが影響していたのです
  54. 3:27この辺りの話は 現代とは感覚が大きく違ってわかりにくい
  55. 3:31ので 例え話で説明します
  56. 3:34もしも政府がお金が足りない という状況になったらどうする
  57. 3:38かというと お金を増やそうと考えるでしょう
  58. 3:42すると政府は こんなことを言い出しました
  59. 3:46一番多くお金を払ってくれた会社 に業会の独占を許可します
  60. 3:51これを聞いた各社は金額を提示 しますよね
  61. 3:55その上で政府は最もいい条件を 提示した会社に独占を許可し
  62. 4:00そして国民はそれ以外の会社を 使っちゃダメ
  63. 4:03と宣言する ということが行われていました
  64. 4:07もちろんこんなことは現代では 行われていないのですが
  65. 4:10これを江戸時代に置き換えてみ ましょう
  66. 4:13政府を幕府 会社を商人に置き換えて考えて
  67. 4:17みると 幕府が商人に対して
  68. 4:20一番多くお金を払ってくれた商人 に業界の独占を許可します
  69. 4:25と伝えて 最もいい条件を提示した商人に
  70. 4:29株仲間を結成させる ということが行われていたのです
  71. 4:33このようにお金で仕事や役職を 獲得する構造が
  72. 4:37賄賂の温床となっていました
  73. 4:40そんな時に田沼意次は 側用人を兼ねたまま老中となり
  74. 4:44ます これは前代未聞の出来事でした
  75. 4:48側用人と言えば幕府の裏のトップ 老中と言えば幕府の表のトップ
  76. 4:54なので 田沼意次は幕府の裏と表
  77. 4:58どちらでもトップの役職になった のです
  78. 5:01そうなると江戸にいる人々は 田沼に賄賂を渡そう
  79. 5:05と考えるようになっていきます こうして田沼意次は
  80. 5:09賄賂の象徴のような扱いをされる ようになったのです
  81. 5:13ではこの頃の政治は賄賂にまみ れた悪い政治だったのか
  82. 5:17というとそうとも限りません 賄賂の横行は田沼時代の一つの
  83. 5:22側面ではありますが 別の側面から見ると革新的な時代
  84. 5:26でもありました 重農主義から重商主義へと移り
  85. 5:31変わった時代だったのです 重農主義というのは読んで字の
  86. 5:35如く 農業を重んじる主義
  87. 5:38重商主義というのは 商業を重んじる主義のことです
  88. 5:43前回の動画で見てきた享保の改革 では
  89. 5:46米つまり農業を重んじた政策を 行っていました
  90. 5:50その結果財政は立て直されました が
  91. 5:52百姓たちが限界に達し 打ちこわしが発生するなど
  92. 5:56重農主義的な考え方は持続不可能 だ
  93. 5:59とわかってきたのです もちろん年貢は取り続けるけど
  94. 6:03それ以外の収入源を探していく 必要がある
  95. 6:06つまり田沼意次には新しい発想 が求められたのでした
  96. 6:11こうして田沼意次は 米の時代から金の時代へと移り
  97. 6:15変わっていることに着目して 幕府の政治を重商主義へと転換
  98. 6:19し 商業を重視した大胆かつ積極的な
  99. 6:23政策を展開していきました こうして行われた政策が
  100. 6:27株仲間の積極的公認 や
  101. 6:29蝦夷地開発計画 貿易振興
  102. 6:32といった政策です
  103. 6:34株仲間については先ほどお話し しましたね
  104. 6:37特定の商売の独占権を認める代わり に
  105. 6:41幕府にお金を払ってもらう仕組み です
  106. 6:43これまでは江戸や大坂といった 大都市だけで行われていた
  107. 6:47この株仲間の公認ですが 田沼時代には日本全国で積極的に
  108. 6:53株仲間を公認していきます さらに油を売っている人や綿を
  109. 6:57売っている人 飛脚として運送をしている人など
  110. 7:00といったように いろいろな商売をしている人たち
  111. 7:02を株仲間として公認していき お金を納めさせていきました
  112. 7:07これは今までの幕府になかった 発想で
  113. 7:10営業流通への課税という斬新な 制度でした
  114. 7:15また田沼意次は 蝦夷地
  115. 7:17つまり今で言うところの 北海道を開発する計画を立てて
  116. 7:21います そのきっかけは
  117. 7:23ロシアが蝦夷地に接近してきた ことでした
  118. 7:26この頃のロシアはシベリア進出 を始め
  119. 7:29カムチャッカ半島に到達し 千島列島を南下していたのです
  120. 7:34このような状況を受けて日本側 では
  121. 7:36工藤平助という医者が 赤蝦夷風説考という書物を書き
  122. 7:41このまま蝦夷地を放置すれば蝦夷 地はロシアに奪われてしまう
  123. 7:46蝦夷地を開発しその金銀でロシア と交易をすべきだ
  124. 7:51と主張しました この赤蝦夷風説考が田沼意次の手
  125. 7:56に渡り 田沼意次は工藤平助の意見を聞き
  126. 7:59入れて 蝦夷地に調査隊を送ったのです
  127. 8:02調査の結果ロシアと交易するメリット はあまりない
  128. 8:06とわかったので交易の話はそこで 終わったのですが
  129. 8:10幕府は蝦夷地に田畑を作ること にはメリットを感じました
  130. 8:15こうして幕府による蝦夷地開発 計画が建てられていくのです
  131. 8:19結局この計画は 田沼意次が失脚して中止されます
  132. 8:23が 日本国内の蝦夷地やロシアへの
  133. 8:25関心を 高めることへとつながります
  134. 8:28さてそのように蝦夷地は政治的に 重要な場所になっていきました
  135. 8:32が 経済的にも重要な場所になって
  136. 8:34いました 以前江戸幕府の財政難について
  137. 8:37話した動画を上げましたが その中で
  138. 8:40幕府は金銀がこれ以上海外に流出 するのを防ぐために海舶互市新
  139. 8:46例を出した という話をしました
  140. 8:48金銀の輸出を少なくするとなると 金銀に代わる何かを輸出しなければ
  141. 8:54なりません こうして幕府は
  142. 8:56金銀に代わるような輸出品を考えて いきました
  143. 9:00それが いりこあわびふかひれなどの海産物
  144. 9:04いわゆる俵物でした 俵物は日本各地で採取されました
  145. 9:08が 特に大きな産地が蝦夷地だった
  146. 9:11のです このような俵物と銅を
  147. 9:14長崎から輸出して 今までに流出してしまった銀を
  148. 9:18取り戻していったのです こうして輸入した銀を使って幕府
  149. 9:22は 南鐐二朱銀といった銀貨を鋳造
  150. 9:25したのでした
  151. 9:27このように田沼意次は 今までになかった発想で
  152. 9:31大胆かつ積極的な経済産業政策 を展開していきましたが
  153. 9:35その革新的な政治姿勢は 保守的な勢力から反感を買って
  154. 9:39しまいます 特に当時は儒学が推進されている
  155. 9:43社会 つまり仁義を重んじることが重要
  156. 9:46であり 富を蓄えることを良しとしない
  157. 9:49考えが充満していました そのような価値観の社会では
  158. 9:53田沼の新しすぎる価値観は 受け入れられない人がたくさん
  159. 9:57いました さらにこの頃
  160. 9:59明和の大火浅間山の大噴火などの 災害が多発し
  161. 10:04江戸時代最大の飢饉と言われる 天明の飢饉も発生
  162. 10:08こうして田沼意次は 不満の矛先を向けられて
  163. 10:11多くの人からの反感を買っていく のです
  164. 10:15そんな田沼意次には田沼意知 という息子がいました
  165. 10:18意次に続き意知も 急速に出世を遂げており
  166. 10:23田沼を支持する人々からは 父を継ぐべき存在として期待されて
  167. 10:28いたのですが その田沼意知が佐野善左衛門という
  168. 10:32男によって 江戸城内で殺されるという事件
  169. 10:35が発生します この事件により田沼意次は
  170. 10:39後継者を失ってしまうという打撃 を受けました
  171. 10:42意知を殺害した佐野は切腹となり ましたが
  172. 10:46佐野が切腹した次の日から米の 値段が下がり始めたため
  173. 10:50佐野は世間から世直し大明神として あがめられていきます
  174. 10:55対照的に田沼意知の葬列は 石を投げられ悪口を浴びせられる
  175. 11:01といった状況でした もはや民衆ですら田沼が悪者だと
  176. 11:06考えていたのです こうして権勢を誇った田沼家も
  177. 11:09衰退し 田沼意次は政治的責任を取らされて
  178. 11:13辞職に追い込まれてしまうのでした
  179. 11:21さていかがだったでしょうか こうして今の幕府政治はよくない
  180. 11:25という風潮の中 田沼時代は終了しました
  181. 11:29その反動として始まったのが 反田沼派による幕政改革
  182. 11:34つまり松平定信による寛政の改革 でした
  183. 11:38ということで次の動画では 松平定信と寛政の改革について
  184. 11:42お話ししていきます それではまた次の動画で

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