【江戸時代】183 徳川吉宗と享保の改革【日本史】 — Transcript
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- 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は徳川吉宗と享保の改革について
- 0:06お話ししていきます 享保の改革といえば
- 0:09江戸の三大改革第一弾ですね この徳川吉宗は
- 0:13江戸幕府の将軍の中でも 有名な将軍だと思いますが
- 0:17生まれた時には 誰も彼が将軍になるなんて思って
- 0:20いませんでした では一体なぜそんな吉宗が将軍
- 0:25となったのか 吉宗が生まれたところから
- 0:27彼の人生を見ていきましょう
- 0:291684年 和歌山城の城下で一人の男の子
- 0:37が生まれました 名前は源六
- 0:40後の徳川吉宗です 父は第二代紀州藩主の徳川光貞
- 0:46そう聞くと 将軍になる可能性がありそうに
- 0:49聞こえますが 光貞にはすでに三人の息子が生まれて
- 0:52いましたので 将軍どころか紀州藩主の座すら
- 0:56回ってきそうにありません そのような立場だったので吉宗
- 0:59は 子供の頃から豪華な生活はせず
- 1:02質素な生活をしていきます その後成長した吉宗は越前に小さな
- 1:08所領を与えられましたが 藩主となっても依然として質素
- 1:12な生活をしていますので 性格的にもそのような生活が好きだった
- 1:16のでしょう
- 1:17そんな吉宗に一度目の 人生の転機が訪れます
- 1:21紀州藩を継いでいた兄の綱教が 死んだと思ったら
- 1:24その後を継いだ頼職も死んでしまった のです
- 1:28一応もう一人兄がいましたが 彼はこれより前に死んでいました
- 1:32ので とんとん拍子で吉宗に
- 1:34紀州藩を相続する話が回ってきました こうして徳川吉宗は22歳の時
- 1:40全く予想しない形で 紀州藩主となったのです
- 1:45さてこの頃の日本は 全国的に財政難となっている時代
- 1:49です 吉宗が相続した紀州藩も
- 1:52その例に漏れず財政難となって いました
- 1:55こうして徳川吉宗は 紀州に入るとすぐに藩政改革に
- 1:59乗り出します 財政難というのはシンプルに言う
- 2:03と 収入が支出よりも少ない状態です
- 2:06この状態をひっくり返すためには 藩政改革を行なって
- 2:11収入が支出を上回る状態にすれば いいのです
- 2:14つまり手段としては入ってくる お金の量を増やすか
- 2:19出ていくお金の量を減らすかです 徳川吉宗は子供の頃から質素な生活
- 2:24が身に付いていましたので 彼自身の性格として贅沢が嫌い
- 2:28でした ということで
- 2:30とにかく支出を抑えていきます 事務を簡素化して節約を命じ
- 2:35藩札を停止して経済を健全化 自ら質素倹約の手本を示すなど
- 2:41して 紀州藩をどんどん改良していき
- 2:44ます 更に民衆の意見を広く聞くために
- 2:48和歌山城の外に訴訟箱というもの を設置しました
- 2:52このような吉宗の藩政改革により 紀州藩の財政は建て直されました
- 2:57こうして紀州藩主徳川吉宗の名は 広く知られることになったのです
- 3:02さてここで吉宗に 人生二度目の転機が訪れます
- 3:06時の将軍徳川家継が 幼くして死んでしまったのです
- 3:11家康の直系が家綱で途絶えてしまった ことは
- 3:14以前の動画で話しましたが 家継が子供のいないまま死んだ
- 3:18ことによって 家光の血統もついに途絶えてしま
- 3:21います こんな時のために作られていた
- 3:23のが 徳川御三家です
- 3:25御三家についても以前の動画でお 話ししましたね
- 3:28尾張水戸紀伊の3つの徳川家です こうして最近紀州藩を立て直した
- 3:34ばかりで すこぶる評判の良い吉宗が
- 3:36江戸幕府第八代将軍に就任した のです
- 3:40こうして吉宗は 将軍となった後も
- 3:42紀州藩主時代の改革の経験を生 かして
- 3:45幕政改革に取り組んでいきます こうして始まったのが
- 3:49享保の改革です
- 3:50享保というのは当時の年号ですね 江戸の三大改革第一弾です
- 4:02この頃の幕府の問題点は かつての紀州藩と同じく財政難
- 4:06そこで徳川吉宗は 幕府の財政を再建するため
- 4:10様々な方面から政治の見直しを 始めていきます
- 4:13まず最初に徳川吉宗がしたことは 正徳の治を全否定することでした
- 4:18旧勢力の中心人物だった 新井白石や間部詮房は排除され
- 4:23一気に転落 新井白石が努力して作り上げた
- 4:27武家諸法度も廃止 綱吉時代のものに復旧されました
- 4:31そんな徳川吉宗の性格は 先ほども言った通り倹約家です
- 4:35とにかく無駄な飾りは取り払い 実用性だけを考えていく
- 4:39といった具合だったので 吉宗本人の服装だけでなく
- 4:43段々と武士たちの服装も質素な ものになっていきます
- 4:47その風潮は一般の民衆たちにも 広まっていき
- 4:49質素倹約をキーワードに お金の節約がされていったのです
- 4:55とはいえ質素倹約というだけで 財政を再建できれば苦労はありません
- 5:00財政再建を目指すからには 幕府の仕組みを見直さなければ
- 5:04いけないでしょう そこで吉宗が目をつけたのが
- 5:07幕府の財政裁判を担当していた 勘定所でした
- 5:12この勘定所にも問題点があった ので
- 5:14吉宗はそれを解決していくのです その問題点というのは
- 5:19訴訟の増加です 訴訟というのは裁判所に訴える
- 5:23ことですね 当時経済が発達してきたことも
- 5:26あり お金の貸し借りの訴訟が極端に
- 5:29増えていました 実際享保3年の裁判の数を見てみる
- 5:33と 全部で3万5790件あった裁判の内
- 5:38お金関係の裁判は3万3037件という 具合で
- 5:44実に92%が金銭関係のトラブルでした しかもその年に処理することが
- 5:50できたのは約33%なので ほとんどは未解決のまま翌年に
- 5:55繰越 どう考えてもお金関係のトラブル
- 5:58が多過ぎて 勘定所は他の仕事ができない
- 6:02という状況になっていたのです ということで吉宗は
- 6:05勘定所を司法担当の公事方と 財政担当の勝手方との2つに分け
- 6:11ました これで役人さんたちは
- 6:13自分の仕事に専念しやすくなります その上で
- 6:17お金の貸し借りなどについての 揉め事は今後幕府は受け付けない
- 6:22当事者たちで話し合って済まして くれ
- 6:24と命じたのでした これが相対済し令です
- 6:28またこれまでの裁判は 先例やその時々の法令を基に行って
- 6:33いました しかし裁判の内容が複雑になった
- 6:36上に量が増えたので 江戸幕府は裁判の基準となる法
- 6:40を整備しています こうして幕府が初めて編纂した
- 6:44判例集が 公事方御定書です
- 6:47これによって裁判の公正化効率化 が行われ
- 6:50成果を上げることができました
- 6:53さて吉宗が行った改革を具体的に みてきましたが
- 6:56これだけではありません 先ほども言った通り享保の改革
- 7:00は 様々な方面から切り込まれています
- 7:03吉宗が次に考えたのが 収入を増やす方法でした
- 7:07こうして考えられたのが 上米の制です
- 7:09上米の制というのは 万石以上の諸大名に対して石高
- 7:151万石につき100石の米の上納を命 じ
- 7:19その代わりに参勤交代で江戸にいる 期間を半分にする
- 7:23という制度です ちょっと複雑なので
- 7:25具体例を出して説明します 例えば5万石の大名がいたとします
- 7:31この人は石高1万石以上の大名なので 上米の制が適応されますね
- 7:36上米の制を適応すると 石高1万石につき100石の米の上納
- 7:42なので この大名は500石を幕府に支払わ
- 7:46なければなりません しかしこれには大名側にも旨み
- 7:50はあります 参勤交代で江戸にいる期間を半分
- 7:54にしてもらえるのです 今でも東京は物価が高いですが
- 7:58当時の江戸も似たようなものです 江戸で暮らすためにはたくさん
- 8:02のお金がかかったので 上納米を支払った方が結果的に
- 8:06安くなるのでした こうして全国の大名から集めた
- 8:10上納米は 年間約19万石となっており
- 8:14幕府の収入も増えるし 諸大名の支出も減るという
- 8:18一石二鳥の制度でした
- 8:21さて吉宗の改革はまだまだ続き ます
- 8:24前回の動画で 幕府が武士に対して米で給料を
- 8:28払うようになったといいました ね
- 8:30この話をもう少し具体的にみて いきましょう
- 8:33例えばある武士が 大番頭という軍事を担当する役職
- 8:38についた場合 幕府から支払われる給料は
- 8:41大番頭だから2000石といったように 額が決まっていました
- 8:46これは一見平等な制度に見えます が
- 8:49よく考えると平等ではありません 例えば元々5000石の知行を持っている
- 8:55武士と 500石の知行しか持っていない武士
- 8:58がいるとします 彼らが同じように大番頭になった
- 9:01場合でも 幕府から支払われる給料は
- 9:04一律で2000石 つまり片方は5000+2000で7000石
- 9:10もう片方は500+2000で2500石となり ます
- 9:15大番頭という役職はえらい役職 なので
- 9:18ちゃんと任務を遂行するとなると それなりに経費がかかります
- 9:23その際に必要な経費は5000石程度 です
- 9:26つまり7000石を持っている武士は 任務を遂行できますが
- 9:302500石を持っている武士は ちゃんと任務を遂行することができない
- 9:34のでした このような問題に目をつけた吉宗
- 9:37は これに対策をしました
- 9:40大番頭は5000石が必要なのだから 5000石に満たない人には
- 9:44不足分を全額支給する と言ったのです
- 9:48つまり先ほどの例で言うと 500石しか持っていない大名には
- 9:52不足分の4500石を支給する ということですね
- 9:57このような制度を足高の制といい ます
- 9:59この制度が実施されたことによって 貧乏だけど有能という人物を
- 10:04採用することができるようになった のです
- 10:07さて次の話はおそらくたくさんの 人が知っている話でしょう
- 10:10目安箱についてです 目安箱というのは徳川吉宗が設置
- 10:15した箱のことです 和田倉御門近くの評定所前に置
- 10:19かれたもので 庶民たちが幕府に対して意見を
- 10:22いう時に使われました ただ何でもかんでも意見していい
- 10:27と言うわけではなく
- 10:39といった条件がありました 更に名前と住所を明記していない
- 10:44と燃やされてしまうので そこに責任は伴います
- 10:47とはいえこれまで将軍に対して 庶民が直訴するなんて絶対にあり
- 10:52得ないことだったので これは画期的な制度でした
- 10:56実際にこの目安箱への投書がき っかけとなり
- 10:59町火消しの設置や小石川養生所 の開設
- 11:03といったことが行われています
- 11:05さてこのようにして様々な方面 から改革をおこなっていった結果
- 11:09将軍就任当時破綻寸前だった財政 も
- 11:12ついに黒字化することができました しかし新たな問題が浮上してき
- 11:17ます 米の生産量を増やしたことで
- 11:21米が余る状態になってしまい 米の価値が下がってしまったの
- 11:25です 米の価格が安くなりそれ以外の
- 11:28物価が高くなった 米を作っている農民や
- 11:32米で給料をもらっている武士に とっては
- 11:34これはゆゆしき事態です ということで吉宗は
- 11:38米の価格を上げてそれ以外の物価 を安くしよう
- 11:43と考えてます こうして行われたのが
- 11:46大坂堂島の米市場の公認と 株仲間の公認です
- 11:51天下の台所大坂には 当時米市場がありました
- 11:55徳川吉宗はその米市場を公認して 米の価格を上げるために
- 11:59米相場を操作しようとしたのです こうして徳川吉宗と米相場の戦い
- 12:04が始まっていきました とはいえ相手は経済です
- 12:08勝てるわけがありません 特に江戸時代に入ってから一気に
- 12:12経済が成長したので 幕府は初めて対峙する経済の力
- 12:17に 大きく振り回されています
- 12:19幕府は相場より高い価格で米を 買い占めて
- 12:23米の価格を上げるなど 対策をしていったのですが
- 12:26そんな時にイナゴの大群が発生 して飢饉になり
- 12:30米が不足して価格が上がり過ぎ てしまう
- 12:33そうなると幕府が買い占めた米 を狙って
- 12:36打ちこわしが多発するなど 結局将軍である吉宗も
- 12:40経済の力に勝つことはできなかった のでした
- 12:43他にも幕府は 米以外の物価の引き下げを狙って
- 12:47流通の仕組みにも手を加えています こうして行われたのが
- 12:51株仲間の公認です 江戸時代に入り
- 12:55経済が発達してくると 大坂に集まってきた物を江戸に
- 12:59送る という物流のルートができあがって
- 13:02いました すると大坂や江戸には
- 13:04問屋と呼ばれる売ることが得意 な人が台頭してきます
- 13:09幕府はこの人たちに目をつけた のでした
- 13:12大坂と江戸の問屋に対して 商品の独占権を認めてあげるから
- 13:17代わりにお金を払ってね と言ったのです
- 13:21この商品の独占権を認めることを 株仲間を公認するといいます
- 13:27具体例を出してみると 灯油はあなたが独占していい
- 13:30木綿はあなたが独占していい といって幕府が株仲間を公認した
- 13:35のです しかし権利を認めてもらう代わり
- 13:38に 問屋は幕府にお金を払うという
- 13:41仕組みでした これによって安定して品物が送
- 13:45られてくるようになり 価格が安定するようになったの
- 13:51でした
- 13:53さていかがだったでしょうか その後吉宗は還暦を過ぎても将軍
- 13:57として君臨していましたが 62歳の時に将軍職を長男に譲ります
- 14:03こうして将軍となったのが 江戸幕府第九代将軍徳川家重です
- 14:08また吉宗は自分の血統が将軍宗 家の正統として残るように
- 14:14対策をしています つまり吉宗の次男宗武に田安家
- 14:18を 4男宗尹に一橋家を
- 14:21そして家重の次男重好に清水家 を立てさせたのです
- 14:26こうして御三家よりも現在の将軍 に近い血統を持つ
- 14:30御三卿が設置されたのでした さて長くなりましたが
- 14:34こうして徳川吉宗による享保の 改革は終了し
- 14:38家重家治と二代にわたって 田沼意次が権勢を誇る
- 14:42田沼時代が始まるのです ということで次の動画では
- 14:46田沼意次についてお話ししていき ます
- 14:48それではまた次の動画で
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