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【江戸時代】179 生類憐みの令と徳川綱吉【日本史】 — Transcript

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  1. 0:00犬計に不限 惣て生類人々慈悲の心を本といた
  2. 0:05し あハれミ候儀肝要事
  3. 0:12はいどうもみなさんこんにちは 今回は徳川綱吉と生類憐れみの
  4. 0:16令についてお話ししていきます 通称犬公方と呼ばれた綱吉ですが
  5. 0:20これまでの徳川将軍とは一線を 画す存在です
  6. 0:24これまでの徳川将軍とは一体何が 違うのか
  7. 0:27それを説明するために 少し時間を戻して説明していき
  8. 0:31ましょう
  9. 0:35江戸幕府の将軍職は 家康秀忠家光家綱というように
  10. 0:40脈々と息子へと受け継がれてきました となると家綱の後を継ぐのは
  11. 0:46家綱の息子 となるはずだったのですが
  12. 0:49家綱は男の子が生まれる前に死んで しまい
  13. 0:52徳川宗家の血筋は途絶えてしまった のです
  14. 0:55さてこうなると 次の将軍は誰にするのか
  15. 0:59という問題が発生します ここで候補に上がったのが将軍
  16. 1:03の弟でした 家綱には弟が4人いましたが
  17. 1:07二人は生まれてすぐに死んでしま っていたので
  18. 1:09残った兄弟は次男と四男です 彼らは家綱から綱という一字を
  19. 1:15もらって 綱重綱吉と名乗っていました
  20. 1:19しかし綱重は家綱より早くに死んで しまっていたので
  21. 1:23家綱が死んだ頃には 徳川綱吉しか残っていなかった
  22. 1:27のです
  23. 1:28こうして歴史の表舞台に出てきた 徳川綱吉ですが
  24. 1:32徳川綱吉の父親は徳川家光です ちなみに母はお玉の方という人
  25. 1:38で 元は京都の八百屋の娘だったの
  26. 1:41ですが ものすごい強運によって家光の
  27. 1:43目にとまり 八百屋の娘から将軍の母へと大
  28. 1:47出世をした人物です この話が現在でも使われている
  29. 1:51玉の輿という言葉の語源として 知られています
  30. 1:54家光は死の間際お玉に対して 私は戦国の気風の中に育ったため
  31. 2:00あまり勉強をしてこなかった この子には沢山勉強させてあげ
  32. 2:04てくれ と遺言を残して死んでいました
  33. 2:08この言葉通り綱吉は育てられた ので
  34. 2:11超勉強好きの性格になっていき それが影響して綱吉が将軍の時期
  35. 2:15には さまざまな学問が栄えています
  36. 2:18先の話にはなりますが その影響で建てられたのが湯島
  37. 2:21聖堂です 聖堂というとキリスト教的なイメージ
  38. 2:25を持ってしまいがちですが 儒教の世界でも
  39. 2:28孔子のような偉い人を祀る建物 のことを聖堂と呼んでおり
  40. 2:33綱吉以降幕府は儒学を特に重ん じていきます
  41. 2:36儒学というのは 思いやりなさい
  42. 2:39世のため人のために行動しなさい 敬意を持って接しなさい
  43. 2:43幅広い知識を持ちなさい 誠実でありなさい
  44. 2:47といった教えです 江戸幕府が儒教を推進したことは
  45. 2:51現代の日本人の道徳意識にも影響 を与えています
  46. 2:55さて話を戻しましょう 綱吉が将軍になりそうだ
  47. 2:59というところでしたね 当時死にそうだった前将軍
  48. 3:02徳川家綱は 綱吉を養子に迎えて将軍にする
  49. 3:07という遺言を残してその二日後 に死んでしまい
  50. 3:10東叡山寛永寺に葬られました こうして徳川綱吉が
  51. 3:15江戸幕府第五代将軍となったの です
  52. 3:18さて冒頭でお話しした 徳川綱吉がこれまでの徳川将軍
  53. 3:22とは一線を画す存在 という話は
  54. 3:25ここまでの話を聞くと理解できる と思います
  55. 3:29これまでの将軍は前将軍の実子 でしたが
  56. 3:32綱吉で初めて 別の系統へと将軍職が継承された
  57. 3:36のでした このような形の継承は
  58. 3:39江戸幕府始まって以来 初めてのことだったので
  59. 3:42色々と混乱したようです ちなみに前将軍の家綱は
  60. 3:46何でもかんでもさようせいと言って 許可していたから
  61. 3:50さようせい様というあだ名をつけ られるほど
  62. 3:53主導力がなかったのですが 新しく将軍となった綱吉は違い
  63. 3:57ます 積極的に政治に関わっていくタイプ
  64. 4:00の将軍でした その綱吉を表で支えたのが大老
  65. 4:04の堀田正俊 裏で支えたのが側用人の牧野成
  66. 4:09貞でした この頃の政治は
  67. 4:11飢饉が到来したら年貢率を下げる 幕府自ら贅沢をやめて節約の手
  68. 4:17本を見せる いいことをした者は賞するが
  69. 4:20悪いことをした者は罰するなど 厳格な政治を行いました
  70. 4:25しかし1684年 ある転機が訪れます
  71. 4:29これまで大老として表に立ち 綱吉を支えていた堀田正俊
  72. 4:35彼が江戸城内で刺し殺されてしまった のです
  73. 4:38刺し殺した犯人もその場で他の 人から殺されてしまったので
  74. 4:42事件の真相はわかりません しかし堀田正俊というストッパー
  75. 4:47がいなくなった綱吉は この事件を契機に独裁の方向へ
  76. 4:51と向かっていくのでした またこの事件が起こったのは
  77. 4:55将軍がいる部屋のすぐそばでした なのでこれ以降は
  78. 4:59将軍が襲われては大変だということ で
  79. 5:02老中たちの仕事部屋は遠くへと 移されます
  80. 5:06こうして将軍の綱吉は 老中たちとの関係を弱めて
  81. 5:10代わりに側用人たちとの関係を 強めたのです
  82. 5:14さてここで出てきた側用人という 役職ですが
  83. 5:17彼らの仕事は将軍と老中の間を 取り次ぐ仕事です
  84. 5:22要するに伝言ゲームのような状態 ですね
  85. 5:26将軍がaと言ったら側用人がそれを 老中たちに伝えに行く
  86. 5:31老中たちがbと言ったら側用人が それを将軍に伝えに行く
  87. 5:36といった感じです しかしこのような構造であれば
  88. 5:40側用人が力を持つのは確実です 極端な例を出すと
  89. 5:44将軍がaと言ったとしても 伝言を伝える側用人がbと言ったら
  90. 5:50老中たちはbなんだ と思ってしまいます
  91. 5:54これは反対の場合も同じだった ので
  92. 5:56側用人が力を持つのは当然といえば 当然のことでした
  93. 6:00側用人として特に有名なのが柳沢 吉保という人物で
  94. 6:05綱吉は吉保に対して絶大なる信頼 を置いていました
  95. 6:09ここで一度情報を整理しておく と
  96. 6:11綱吉の時代の政治は初期が天和 の治
  97. 6:15堀田正俊暗殺以降が側用人政治 と呼ばれていることになります
  98. 6:21さて話を戻しましょう 綱吉は自ら政治に関わっていく
  99. 6:24タイプの将軍だったこともあり 元々独裁の傾向がありました
  100. 6:29それを抑えていたのが堀田正俊 だったのですが
  101. 6:32彼が暗殺されたことにより ストッパー役がいなくなってしま
  102. 6:36います こうして独裁傾向が強くなった
  103. 6:38綱吉が出すようになったのが 生類憐みの令です
  104. 6:43生類憐みの令というのは 全ての生き物を大切にして慈悲
  105. 6:47の心を身につけるべきである という考え方のもと出された法律
  106. 6:51です 綱吉は元々学問が大好きで
  107. 6:54儒教や仏教の教えを人々に広めたい と思っていました
  108. 6:59なので綱吉はそれまでにも 夫婦兄弟仲良くしなさい
  109. 7:03召使などを憐れみなさい と命じており
  110. 7:07そのような考えの延長線上に 生き物を大切にしなさい
  111. 7:11という考えがあったのでしょう こうして出されるようになった
  112. 7:15生類憐みの令は 犬や鳥金魚など
  113. 7:18様々な生き物へと広がっていき 最終的には蚊を殺してはいけない
  114. 7:23というレベルまでエスカレート していきます
  115. 7:26特に綱吉は戌年生まれだったの で
  116. 7:28犬を大切にしたことで知られて おり
  117. 7:30犬公方というあだ名がつけられました 庶民にとっては迷惑な法律だった
  118. 7:36らしく 将軍が変わるとすぐに生類憐みの
  119. 7:39令は撤廃されてしまいました といってもこの生類憐みの令の
  120. 7:43おかげで 歌舞伎者といった荒れくれ者はい
  121. 7:46なくなったので 規制を一気に厳しくして平和な
  122. 7:49街を作り上げた という側面もあります
  123. 7:52こうして綱吉は死ぬまで生類憐 みの令を出し続けたので
  124. 7:57民衆から疎まれる中で その生涯を終えるのでした
  125. 8:04さていかがだったでしょうか 今回紹介した綱吉も
  126. 8:07子供に恵まれませんでしたので 亡き兄綱重の嫡男である綱豊を
  127. 8:13養子として 宗家を継がせることにしました
  128. 8:15この人物こそが江戸幕府第6代将軍 徳川家宣です
  129. 8:20ということで次の動画では 徳川家宣について話していきたい
  130. 8:23のですが その前に綱吉の頃に起きた有名な
  131. 8:26事件についてお話ししていきます ということで次の動画では
  132. 8:29赤穂事件についてお話ししていき ます
  133. 8:32それではまた次の動画で

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