【江戸時代】174 徳川家光と幕藩体制【日本史】 — Transcript
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- 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は徳川家光と幕藩体制について
- 0:06お話ししていきます 江戸幕府の制度は
- 0:08初代将軍徳川家康 2代目将軍徳川秀忠
- 0:133代目将軍徳川家光のころにほぼ 整いました
- 0:17この3人は全員親子の関係ですね 家康の時代に政治の主導権を握り
- 0:23秀忠の時代に政治機構を確立させ 家光の時代に法律や制度を整備
- 0:28した というイメージを持っておけば
- 0:30いいです 家康と秀忠の頃の政治について
- 0:33は すでに動画をあげていますので
- 0:35そちらを視聴していただくとして 今回メインで取り扱っていくのは
- 0:39家光の時代に固められた 法律や制度についてです
- 0:43それではさっそく 徳川家光について
- 0:46お話ししていきましょう
- 0:47徳川家光は徳川秀忠とお江の間 に生まれました
- 0:56幼い頃の名前を竹千代といい 国松という名前の弟がいました
- 1:01もちろん竹千代が長男なので 後継者は竹千代なのですが
- 1:05お江や秀忠は竹千代よりも国松 の方を可愛がったようです
- 1:10そのため竹千代に仕えていた人 たちは
- 1:13竹千代を差し置いて国松に将軍 を継がせる気か
- 1:17と疑って落ち着かなかったと言 われています
- 1:20しかしそのような状況に待った をかけたのが
- 1:23徳川家康でした 家康は年功序列を守れと口を出して
- 1:28竹千代こそ将軍の世継ぎである と明言したのです
- 1:33そのような経緯で竹千代 つまり家光は将軍となったので
- 1:37家康のことを崇拝していました なので家光は後に
- 1:41家康を神として祀る 日光東照宮の大改築を行っています
- 1:47現在残っている日光東照宮といえば 絢爛豪華な見た目が有名ですが
- 1:52家光が改築する前は割と質素な 見た目をしていたらしく
- 1:56家光が家康を崇拝していたから こそ
- 1:59現在の見た目になっていると言える でしょう
- 2:02そんな家光はお忍びで出歩くことが とても好きだったようで
- 2:07一つ有名なエピソードがあります ある日家光がお忍びで鷹狩りを
- 2:12している時に 目黒の成就院というお寺で休憩
- 2:16しました そこで家光が住職に対して
- 2:20ここは誰の檀那寺なのだと尋ねる と
- 2:23住職はここはお静の方の檀那寺 ですと答えました
- 2:28お静の方というのは秀忠の側室 です
- 2:31つまり家光からするとお静の方 は
- 2:33父の側室ということになります 住職は相手が家光だとは気づかず
- 2:39に お静の方は保科正之という息子
- 2:42がいます その方は今の将軍の弟なのに貧しい
- 2:46生活をしているのです と話を続けたのです
- 2:50つまりどういうことかというと 実は弟がいたということを初めて
- 2:55知ったということになります お江は厳しい性格だったので
- 2:59秀忠は側室との間に子供ができた と言うことができず
- 3:04その息子の家光にも 保科正之の存在を知らせていなかった
- 3:08のでした その後家光は弟がいたことを喜ん
- 3:12で よく保科正之に相談事をするように
- 3:15なり 保科正之を高遠藩3万石から
- 3:18山形藩20万石 さらには会津藩23万石へと引き
- 3:23立てており これ以降会津藩は将軍家と密接
- 3:27な関係を結んでいきました
- 3:29さて家光に関連するお寺でいう と
- 3:31もう一つ有名なお寺があります 東叡山寛永寺です
- 3:35家光によって創立されたこのお寺 は
- 3:38遥か西にある延暦寺との関連性 が面白いので
- 3:43ここで紹介しておきます 延暦寺というと皇居の北東
- 3:47つまり鬼門の方角にあるお寺です 名前の延暦というのは創建された
- 3:53年の年号が 延暦だったことからきています
- 3:56さてそんな延暦寺は天台宗の中心 的なお寺でした
- 4:01江戸幕府は強い勢力を持つ天台宗 を警戒して
- 4:04その勢力を弱めようとしたのです こうして江戸幕府は天台宗の中心
- 4:09勢力を二つに分けて 関東にお寺を作りました
- 4:13これが寛永寺です なので寛永寺を観察してみると
- 4:17江戸城の北東 つまり鬼門の方角にあるという
- 4:21共通点が見つかったり 名前の寛永というのは創建された
- 4:26年の年号が 寛永だったことからきていたり
- 4:29します その後様々な大名たちが
- 4:31この寛永寺に様々なものを寄進 しており
- 4:35今も東京上野に残っている上野 東照宮や
- 4:39上野公園の不忍池に浮かんでいる 弁天堂は
- 4:42そうやって寄進されたものの一部 です
- 4:45それではいよいよ この頃の幕府の構造についてお
- 4:48話ししていきます この頃の幕府の構造は
- 4:51封建的主従関係 と呼ばれる関係性が基本となって
- 4:56いました これは難しい言葉なので
- 4:59わかりやすい言葉で表現すると 御恩と奉公の関係
- 5:03と表現することもできます 江戸時代の場合は
- 5:07将軍と大名の間でこの関係が結 ばれていました
- 5:11将軍が御恩として大名の土地支配 を認めて
- 5:15大名が奉公として将軍の軍役を 負担する
- 5:19という構造です 軍役というと戦いのような印象
- 5:23を受けてしまいますが この時代に戦いはほぼなくなって
- 5:27いますので 実質的には土木工事や参勤交代
- 5:30がメインの負担となっています
- 5:33大名は日本各地にたくさんいました それぞれの地域にそれぞれの大名
- 5:38がいたのです また大名は領域を決めて藩と呼ばれる
- 5:43ものを運営しており 組織的な支配を行っていました
- 5:47具体例を挙げると 島津氏という大名が薩摩藩を運営
- 5:52している といった感じです
- 5:54このように将軍と大名が主従関係 を結び
- 5:58土地と人民を支配する江戸時代 の仕組みを
- 6:00幕藩体制と呼んでいます
- 6:03さて将軍と大名の間に主従関係 があったのは理解できたと思います
- 6:08次は大名について詳しく見ていき ましょう
- 6:11先ほども言った通り大名は 日本各地にたくさんいました
- 6:15それらの大名は大きく3つに分ける ことができます
- 6:19親藩譜代外様です 親藩というのは徳川一門
- 6:24つまり将軍の親戚の家です 彼らは将軍の親戚ということで
- 6:29別格の扱いを受けています しかし将軍の親戚ということは
- 6:34幕府からすると 将軍の対抗馬として担がれる危険性
- 6:39もありました 鎌倉幕府初代将軍である源頼朝
- 6:43は 弟である源義経と争っています
- 6:47し 室町幕府初代将軍である足利尊氏
- 6:50は 弟である足利直義と争っています
- 6:54つまり親戚が権限を持つと 内部分裂を起こす危険性が高い
- 6:59のです ということで江戸幕府は
- 7:01内部分裂を起こさせないように 親藩大名には別格の扱いをする
- 7:07だけで 権限を与えませんでした
- 7:10そんな親藩大名の中でも 特に覚えてほしいのが
- 7:13徳川御三家です 徳川御三家というのは尾張紀州
- 7:18水戸の3つの徳川家のことです もし将軍の血筋が途絶えた場合
- 7:23には この家から将軍を出すことになります
- 7:26家康にはたくさんの子供がいた のですが
- 7:29死んでしまった者や取り潰されて しまった者がいて
- 7:32最終的には秀忠の徳川将軍家の 他に
- 7:35家康の末っ子である3人 義直
- 7:38頼宣 頼房が残っていました
- 7:41こうやってみると秀忠と末っ子 3人は同世代のように見えますが
- 7:45秀忠の息子である家光が生まれた 時に
- 7:49義直が3歳頼宣が2歳頼房が0歳なので 世代としては家光と同世代になります
- 7:57この3人の家が先ほどお話しした 徳川御三家です
- 8:02さて親藩の話が長くなってしまい ましたが
- 8:04次は譜代大名についてお話しして おきます
- 8:07譜代というのは関ヶ原以前から 家康に従っていた家です
- 8:12つまり彼らは信頼できる部下なので 譜代大名には権限を与えました
- 8:18ということで幕府の重要な役職 についたのは
- 8:21この家出身の人たちです しかし権限を持っているからには
- 8:25別の面で制限しないといけません ということで譜代大名には経済
- 8:30力は与えませんでした そのため多くの譜代大名は
- 8:34藩の大きさとしてはそこまで大きく はない
- 8:37というのが一般的です
- 8:39最後に紹介する外様大名は 関ヶ原の戦い前後で家康に従った
- 8:44家です つまりあまり信用できない部下
- 8:47たちですね この外様大名は
- 8:50島津毛利前田のように大きい藩 が多く
- 8:54それなりの経済力を持っていました なので江戸幕府は彼らに権限を
- 8:59一切与えていません 以上のことから江戸幕府は
- 9:02将軍の支配を強固なものにする ために
- 9:05各大名を何かしら欠けた状態にした と言えるでしょう
- 9:10このバランスが保たれていたから 江戸時代は平和な時代として
- 9:14長く続いたのではないでしょうか
- 9:17さて初期徳川政権の頃には整って いなかった統治組織も
- 9:21家光の頃になると整備されていき ます
- 9:23幕府で最も偉いのが将軍という ことはいいと思いますが
- 9:27その次に偉いのは大老という役職 でした
- 9:31鎌倉幕府のナンバーツーは執権 室町幕府のナンバーツーは管領
- 9:37江戸幕府のナンバーツーは大老 ということですね
- 9:40しかし大老というのは律令で言う ところの太政大臣のように
- 9:44必要な時だけおかれる役職なので 常に設置されているわけではありません
- 9:49つまり実質的なナンバーツーは その下の老中でした
- 9:53この老中は権力が一人に集まらない ように
- 9:57複数人置かれています このように江戸幕府は
- 10:00徳川の世が長く続いていくように 様々な工夫をしていたのでした
- 10:09さていかがだったでしょうか 今回の動画では
- 10:11徳川家光の時代に固められた法律 や制度について
- 10:16つまり国内事情についてみてきました とはいえ江戸時代には
- 10:20国外事情でも大切な話があります いわゆる鎖国です
- 10:24ということで次の動画では 鎖国についてお話ししていきます
- 10:28それではまた次の動画で
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