【江戸時代】172 徳川家康vs豊臣秀頼 大坂冬の陣【日本史】 — Transcript
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- 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は大坂冬の陣についてお話し
- 0:05していきます 季節の順番は春夏秋冬だから
- 0:11夏の陣が先で冬の陣が後のように 勘違いしやすいですが
- 0:16大坂の陣は冬の陣が終わった後 に
- 0:18年を越して夏の陣が勃発している ので
- 0:22冬の陣が先で夏の陣が後です その順番についてもここで注意
- 0:27して覚えてしまいましょう ということでまずは
- 0:30大坂冬の陣が始まった きっかけとなる事件から見ていき
- 0:33ましょう
- 0:341611年 後陽成天皇の譲位に伴って
- 0:43家康は上洛しました その際に家康は
- 0:47久しぶりに成長した秀頼と面会 したい
- 0:50と言って 豊臣家に面会を申し込んでいます
- 0:54こうして徳川家康と豊臣秀頼が 京都二条城にて対面することになった
- 1:00のですが 当時は豊臣家と徳川家の間で緊張
- 1:03関係だったこともあり 張り詰めた空気が漂いました
- 1:07結局この会見は無事終了し 家康から秀頼に鷹が贈られるなど
- 1:13表面上は和やかな雰囲気で終わり ましたが
- 1:16秀頼は家康に対して返礼の贈り物 をしませんでした
- 1:21家康に言われて上洛したが服従 したわけではない
- 1:25豊臣家は徳川家に服従はしない と表明したのです
- 1:30反対にこの会見を終えた家康は 秀頼が予想以上に逞しく成長していた
- 1:35ので 豊臣家を滅ぼす必要があると認識
- 1:39しました こうして家康は作戦を練り
- 1:42豊臣家の天下を否定しにかかり ます
- 1:45こうして起きたのが 方広寺鐘銘事件です
- 1:49方広寺というのは京都にあるお寺 です
- 1:52ここには以前大仏が安置されて おり
- 1:55豊臣秀吉の刀狩は この大仏を作るための材料として
- 1:59用いられた という話が有名ですね
- 2:02そのようなお寺だったので方広 寺というのは
- 2:05豊臣家の象徴とも言えるお寺でした この時にはそんな大仏も地震によって
- 2:11倒壊してしまっており 秀頼は方広寺の再興を考えて
- 2:15大仏を再建しているところでした 豊臣家がお金を使ってくれるのは
- 2:20家康としても大歓迎だったので 大仏再建に協力的な態度をとって
- 2:25おり 工事は順調に進んでいって
- 2:28ついに大仏の開眼供養を行うことが 決まりました
- 2:32しかし あることがきっかけでこの開眼
- 2:35供養は延期されてしまいます 方広寺にあった釣鐘に刻み込まれた
- 2:40文字 その中に国家安康という文字が
- 2:45刻まれていたのです これを見つけた家康は
- 2:48家康の名前である家と康を分断 して家康を呪う言葉だとして激怒
- 2:55さらに家康の側近である林羅山 が
- 2:58君臣豊楽という文字を見つけて きて
- 3:01家康を呪った上に豊臣家の再興 を願っている
- 3:05と言って開眼供養の実施を妨害 したのです
- 3:09さてこれに驚いたのが豊臣秀頼 です
- 3:12わずか六日後に開眼供養の日が 近づいてきている
- 3:15という中での急な延期の要請だった ので
- 3:18豊臣方は大混乱に陥ります 申し開きをするために豊臣秀頼
- 3:23は 家臣である片桐且元を派遣しました
- 3:27片桐且元というのは 賤ヶ岳七本槍として知られている
- 3:31秀吉の優秀な部下です 彼はずっと豊臣家に仕えており
- 3:36徳川家と豊臣家の間を取り持つ ような役割をしていました
- 3:40そんな且元は申し開きをするために 家康のいる駿河へと向かいました
- 3:45が なかなか家康は会ってくれません
- 3:48様子がおかしいと思った豊臣方 は
- 3:51さらに大蔵卿局という人物を派遣 して
- 3:55様子を伺いました 普通ならここで大蔵卿局も家康
- 4:00に会えないだろうと思いますが なんと普通に会えたどころか盛
- 4:05大に迎えられ 鐘の文字に触れることなく帰された
- 4:09のです こうなると大蔵卿局は家康は全然
- 4:13怒っていなかった と報告するでしょうし
- 4:16片桐且元は家康はめっちゃ怒って いた
- 4:19と報告します つまり豊臣家としては
- 4:23どちらかが嘘をついている と思ってしまうのです
- 4:27こうして家康の戦略にはまって しまった豊臣家は
- 4:30片桐且元が嘘をついていると判断 豊臣家と徳川家の間を取り持って
- 4:36いた 片桐且元を孤立させてしまい
- 4:39且元は大坂城を後にしました
- 4:42さてこうなると 豊臣家内部では
- 4:45反徳川の勢いが増していき ついに豊臣家は打倒家康に向け
- 4:50て動き始めます 日本全国から大名を招集し
- 4:54反徳川の狼煙を上げようとしました しかし助けに駆けつける大名はい
- 5:00ませんでした もちろん以前は豊臣家と他の大名
- 5:04との間に 御恩と奉公の関係があったことも
- 5:07あります しかし既に時代は徳川の時代
- 5:11今現在土地を保証してくれている のは徳川家です
- 5:15いくら豊臣家が奉公を求めても 大名たちが御恩を受けている徳川家
- 5:20を裏切るなんてことはありえない のです
- 5:23ここで豊臣家が目をつけたのが 関ヶ原の戦いに負けて領地を追
- 5:28われた人たち つまり浪人たちでした
- 5:31彼らは家康のせいで領地を追われた ので
- 5:35徳川家に対して恨みを持っています 豊臣家はそんな浪人たちを集めて
- 5:40戦いの準備を始めたのです
- 5:42さてこの頃の家康といえば 年齢は73歳
- 5:46さすがに年齢を隠し切れないほど になっていました
- 5:50しかしいざ戦争となると血が騒 いだのか
- 5:53途端に若々しく機敏に動くよう になった
- 5:56と言われており やはり戦国乱世を生き抜いてきた
- 5:59豪傑は その他の武将とは一味違う動き
- 6:03を見せます すぐに家康は駿府を出発
- 6:06東海道を西へと上り二条城に入り ました
- 6:10それを追うようにして 将軍徳川秀忠も江戸を出発
- 6:14大坂めがけて諸大名が 続々と集結していったのです
- 6:19こうして始まったのが 大坂冬の陣です
- 6:21秀忠と合流した家康は二条城を 出発
- 6:27家康は奈良法隆寺を経て大坂へ と移動
- 6:31秀忠は枚方を経て大坂へと移動 しました
- 6:35最終的に彼らは大坂城の南側に 布陣
- 6:39その他の大名と共に大坂城を包囲 しました
- 6:43さてこの時の豊臣家の作戦は どのような作戦だったかという
- 6:46と とにかく持久戦に持ち込む
- 6:49という作戦でした 時間が経てば豊臣家に味方する
- 6:53大名が現れるかもしれませんし すでに家康は年をとっています
- 6:58年単位の持久戦に持ち込めば 家康が寿命を迎える可能性はありました
- 7:03しかしそう簡単にはいきません 徳川方も切り崩しを行ったので
- 7:08木津川口砦が陥落させられると 長期戦に持ち込むという
- 7:12豊臣方の戦略は破綻してしまい 徐々に包囲網は狭まっていきます
- 7:17そんな戦いの中でも 豊臣軍が徳川軍に勝利する戦い
- 7:21もありました 真田丸の戦いです
- 7:24真田丸というのは真田信繁が大坂 城の南側に構築したエリアのこと
- 7:29です 真田信繁はここに曲輪を作り上げ
- 7:33敵を引きつけていたのでした せっかく大軍で城を包囲したのに
- 7:37なかなか攻撃命令が出ない状況 を受けて
- 7:40徳川方の軍勢は待ちきれず 勝手に真田丸を攻撃します
- 7:45しかし真田信繁は敵を引きつけた 上で鉄砲を一斉射撃
- 7:50数々の敵を討ち取ったと言われて います
- 7:53こうして真田信繁の活躍により 真田丸の戦いは徳川方の大敗に
- 7:58終わりました
- 8:00さてそのように豊臣方は 局地的な戦いで勝利することも
- 8:04ありましたが 全体を見ると完全に劣勢でした
- 8:08これまでも家康は講和交渉を行って いましたが
- 8:11なかなか豊臣家は降参しません そこで家康はフェイント作戦を
- 8:16行います 夜になって豊臣方が寝るたびに
- 8:19いっせいに大声を上げさせて 城の中の敵を叩き起こしたのです
- 8:25このようにして敵を眠らせない ことにより疲れさせ
- 8:28疲労による戦意喪失を図りました またこの時の話として有名なの
- 8:33が 徳川軍によって大砲が放たれて
- 8:36その大砲が天守閣に命中した というお話です
- 8:40これを見た秀頼の母である淀殿 はひどく動揺してしまい
- 8:44講和交渉を積極的に進めるよう になったのでした
- 8:50さていかがだったでしょうか こうして大坂冬の陣は講和へと
- 8:56向かっていき 一度戦いは終わりましたが
- 8:59徳川と豊臣の対立が終わったわけ ではありません
- 9:02ということで次の動画では 大坂夏の陣についてお話しして
- 9:06いきます それではまた次の動画で
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