【江戸時代】171 初期徳川政権と二元政治【日本史】 — Transcript
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- 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は初期徳川政権についてお
- 0:05話ししていきます 豊臣秀吉の死後関ヶ原の戦いを
- 0:09経て 徳川家康は天下人となりました
- 0:13その後徳川家康は征夷大将軍に 任命され
- 0:16江戸現代で言う東京に 江戸幕府を開きました
- 0:21こうして江戸時代が始まったの です
- 0:23今回お話しするのは そんな江戸時代初期の政治は
- 0:27どのようになっていたのか というお話です
- 0:30それでは早速 徳川家康の征夷大将軍任命から
- 0:34見ていきましょう
- 0:351603年 徳川家康は朝廷から
- 0:42征夷大将軍に任命されました これによって
- 0:46今までは他の大名と同列の存在 だった徳川家が
- 0:50他の大名の上に立つ存在となった のです
- 0:53当時豊臣家の当主である秀頼はまだ 子どもだったので
- 0:58政治を行うことはできません つまり政治の実権は徳川家康が
- 1:02握っている状況でした すでに歴史を知っている我々から
- 1:06すると この後の展開を知っていますが
- 1:09当時を生きる人たちは知る由も ありません
- 1:13それは当時を生きていた家康も 同様で
- 1:16もしも今自分が死んだら 政治の実権を豊臣家に奪い返される
- 1:20だろう と思っていました
- 1:23つまりこの段階では徳川家が安 泰とは言えないのです
- 1:27この状況に危機感を抱いた家康 は手を打ちました
- 1:31将軍に就任してわずが2年足らず で
- 1:34息子の秀忠に将軍職を譲ったの です
- 1:38こうすることでもし家康が死んだ としても
- 1:41政治の実権は秀忠へと移るだけ 徳川家が天下人を世襲していく
- 1:47ということを世に示したのです
- 1:49さてこうして将軍となった家康 の息子
- 1:53徳川秀忠という人物は 良く言うと律儀者
- 1:57悪く言うと融通の効かない人だった ようです
- 2:00例えば前回の動画でお話しした 関ヶ原の戦いの際には
- 2:04秀忠は中山道を通って決戦に向かい ましたが
- 2:09途中で真田昌幸の妨害に遭って しまいます
- 2:12真田昌幸を無視して関ヶ原へ行く という選択肢もあったはずですが
- 2:17ここで秀忠は律儀に相手をした せいで
- 2:20関ヶ原の戦いには間に合いませんでした 他にも秀忠といえば奥さんも有名
- 2:26です 秀忠の奥さんは崇源院とよばれる
- 2:29女性で 一般にはお江という名前で知ら
- 2:33れています 今まで何度か出てきているので
- 2:36ふり返りになりますが お江は浅井長政とお市の娘なので
- 2:41織田信長の姪っ子にあたりました いわゆる浅井三姉妹の一人ですね
- 2:46そんなお江はなかなか激しい性格 だったらしく
- 2:50秀忠が側室に子供を産ませるの を許さなかったといわれています
- 2:55ドラマや小説では鬼嫁のような 描かれ方をされることが多いですね
- 3:00先の話にはなりますが そんな秀忠とお江の間に生まれた
- 3:04のが 後の江戸幕府三代将軍である
- 3:07徳川家光です
- 3:09さて話を戻しましょう 家康から将軍職を譲られた秀忠
- 3:14ですが 将軍となったからと言って
- 3:16政治の実権が秀忠に移ったわけ ではありません
- 3:20政治の実権はあくまでも 家康が持ち続けました
- 3:24この時は家康が駿府 現代で言うところの静岡
- 3:28秀忠が江戸 現代で言うところの東京に住ん
- 3:32でいました このように秀忠に将軍を任せ
- 3:35家康がそのさらに上の存在である 大御所として
- 3:39離れた場所から政治を行った政治 形式を
- 3:42二元政治と呼んでいます ちなみにこの家康と秀忠の下で
- 3:48活躍したのが 本田正信と本田正純の親子でした
- 3:53家康はこの本田親子を通じて 秀忠に命令を出し
- 3:57政治を行っていたのです
- 3:59さて当時の政治形式がわかった ところで
- 4:02この頃の具体的な 国内政策について確認していき
- 4:05ましょう まずは都市支配についてです
- 4:08初期の徳川政権が直接支配した 地域は
- 4:12江戸や駿府京都に伏見 他には堺や奈良伊勢山田長崎など
- 4:18が挙げられます 江戸と駿府については先ほど話
- 4:22したので省略しますが 京都といえば朝廷の拠点であり
- 4:26伏見といえば家康が駿府に移る 前に住んでいた
- 4:29政治の拠点です 堺は畿内における商業の中心地
- 4:34奈良はかつての都伊勢山田は伊勢神宮 の門前町
- 4:39長崎は国際貿易都市といったように 初期徳川政権は日本中の重要な
- 4:46場所を直接支配したのでした
- 4:48さてそれらの地域の中でも 特に注目しておきたいのが京都
- 4:52です 家康はこの頃
- 4:54京都に城を造営しました 二条城です
- 4:58京都を守るという目的や 家康が京都にいる時に宿にする
- 5:04という目的で作られたこの城は 現在も京都に残っています
- 5:07おそらく修学旅行などで京都を 訪れた際に
- 5:11観光したことがある人も多いの ではないでしょうか
- 5:15さて次は農村の支配についてお 話ししていきます
- 5:19これに関しては秀吉と家康を対比 したらわかりやすいので
- 5:23豊臣政権と徳川政権を比べてみ ましょう
- 5:26豊臣政権の農村支配は 全国に対して
- 5:30百姓はその土地から動けない そこで田畑を耕すことに専念しろ
- 5:36ということを言っていましたが この頃の徳川政権はそのような
- 5:40ことは言っていません 基本的に各地の支配は各大名に
- 5:44委ねられていました それぞれの地域にそれぞれのお
- 5:48殿様がいて そのお殿様が地域を支配している
- 5:52という状況はこのようにして出来 上がっていったのです
- 5:56さて先ほども言いましたがこの 頃の日本は
- 5:59徳川家が力を持つのか それとも豊臣家が力を取り戻す
- 6:04のか という2つの家の間で
- 6:06権力が揺れ動いた時期でした このような時期に気になることは
- 6:11朝廷がどのように対応したのか ということです
- 6:14ここで知っておいてほしいことは 当時の公家たちは評判が悪く
- 6:20朝廷内部の風紀が乱れまくって いたということです
- 6:24そのような朝廷を見て家康は 徐々に圧力をかけていき
- 6:28朝廷への影響力を強めていきました 当時の天皇であった後陽成天皇
- 6:34は 元々神経質な性格だったことも
- 6:37あり 何かにつけて幕府に相談しなければ
- 6:40いけない状況に不満を持ち始め ます
- 6:42最終的に後陽成天皇は息子である 政仁親王に譲位しました
- 6:48この人物が後水尾天皇です しかし後水尾天皇の時代になっても
- 6:53公家の評判は悪いままでした これはまずいと考えた家康は
- 6:58公家の風紀を正すべく 公家たち対象の掟を定めました
- 7:02これが公家諸法度です 内容としては
- 7:05公家は自分の家の学問にはげむ べき
- 7:09この掟を守らなければ流罪にする その処罰は武家が執行する
- 7:15という内容でした こうして幕府は朝廷に対して干渉
- 7:19するようになり 公家の統制を行い始めたのでした
- 7:23さて今までは国内に目を向けて きたので
- 7:25次は国外に目を向けていきましょう 当時沖縄は琉球
- 7:31北海道は蝦夷と呼ばれていて 国外扱いされていたのですが
- 7:35家康はこれらを従えることによって 徳川政権の権威づけに利用しました
- 7:41外国も徳川家に従っている 徳川家はすごいんだ
- 7:46と思うような状況を作り上げたの です
- 7:48特に琉球は家康にとって重要な 場所でした
- 7:52なぜかというと家康は 明との交易を再開したかったから
- 7:56です 当時琉球は明から冊封されていた
- 8:00つまり明に臣従していたので 家康は琉球を経由して日明関係
- 8:06を改善しようとしたのでした しかしこの作戦は
- 8:10琉球王国が仲介役となることを 拒否したことから失敗
- 8:14結局島津氏が幕府の了解を得て 琉球へと侵攻し
- 8:19琉球王国を降伏させましたが 明としてはさらに日本を警戒する
- 8:24ようになってしまいます こうして日明関係は改善されず
- 8:29国交復活には至りませんでした しかし秀吉の朝鮮出兵以来関係
- 8:34が悪化していた朝鮮とは 講和を結ぶことができています
- 8:38家康が国外とは友好的な関係を持つ ようにしていた
- 8:42ということもありますが 朝鮮の北方で女真勢力が台頭して
- 8:47きたので 朝鮮としても対日関係を安定させ
- 8:51たいと思っていたのでしょう そのような思惑が合致して
- 8:54日朝講和は成立しました
- 8:58江戸時代の国外政策というと いわゆる鎖国の印象が強い人も
- 9:02多いと思いますが その前段階とも言えるキリシタン
- 9:06禁令についてお話ししておきます あるところに岡本大八という人物
- 9:12がいました 岡本大八というのはこの動画の
- 9:15序盤でお話しした 家康の側近である本田正純の家
- 9:20臣です つまり家康の部下の部下にあたり
- 9:23ます 彼には有馬晴信という友だちがいた
- 9:27のですが 有馬晴信は大八に対して
- 9:30敵を倒したから褒美をくれ これは上司に取りついでもらう
- 9:35手数料だと言ってお金を渡して いました
- 9:38その甲斐もあって有馬晴信は 岡本大八から家康の手紙をもらう
- 9:43ことに成功しますが いつまで経っても褒美がもらえ
- 9:46ません 不審に思った晴信は
- 9:49本田正純に直接手紙を送ったところ そんな話は知らない
- 9:53と言われてしまいました どういうことかというと
- 9:56岡本大八が家康の手紙を偽造して 有馬晴信からお金を巻き上げて
- 10:02いたのです こうして岡本大八と有馬晴信は
- 10:06裁判に突入しましたが 晴信を逆恨みした大八は
- 10:10晴信を道連れにしようとして 晴信は以前家康のお気に入りの
- 10:15人物を暗殺しようとしたことがある とバラしてしまいます
- 10:19この密告は事実だったらしく 結局この裁判は有馬晴信が切腹
- 10:25岡本大八が火炙りとなり決着しました が
- 10:29運の悪いことにこの二人はキリシタン でした
- 10:32元々キリスト教を良く思ってい なかった家康は
- 10:36二人がキリシタンだからこのような 悪事をするのだ
- 10:40と考えて 日本全国にキリスト教を禁止する
- 10:43命令を出したのです ここから江戸時代のキリスト教
- 10:47弾圧が始まっていったのでした
- 10:53さていかがだったでしょうか 江戸時代初期はこのような雰囲気
- 10:57だったのですが 重要なことは
- 10:58徳川家と豊臣家どちらが天下を取る かはこの段階ではわかっていなかった
- 11:05ということです 結局徳川家が豊臣家に対して
- 11:08下につくようせまりましたが 豊臣家がそれを拒否したことにより
- 11:13戦いが起こります ということで次の動画では
- 11:16大坂冬の陣についてお話しして いきます
- 11:18それではまた次の動画で
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