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【古墳時代】13 古代最大の反乱 磐井の乱って何?【日本史】 — Transcript

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  1. 0:00上妻の県 県の南二里に
  2. 0:04筑紫野君磐井の墓墳あり 高さ七丈周り六十丈なり
  3. 0:10石人と石盾と各六十枚 交陣なり行を成して
  4. 0:16四面に周匝れり 東北の角に当りて
  5. 0:181つの別区あり 号けて衙頭と曰ふ
  6. 0:27はいどうもみなさんこんにちは 今回は
  7. 0:29磐井の乱についてお話ししていき ます
  8. 0:31磐井の乱というのは 古墳時代継体天皇の頃に
  9. 0:35今で言う福岡県で起きた戦いです 争ったのは
  10. 0:38大和政権と筑紫国造磐井 彼らがなぜ戦うことになったのか
  11. 0:44またどのような戦いだったのか この動画で確認していきましょう
  12. 0:52磐井の乱が起きた理由は 大和政権と朝鮮半島の関係が重要
  13. 0:57になってきます 以前の動画で
  14. 0:59高句麗の南下により 百済が大和政権に助けを求めて
  15. 1:03きて 大和政権が朝鮮半島の戦いに参戦
  16. 1:07結局敗北した ということはお話ししましたね
  17. 1:10このように当時から 大和政権と朝鮮半島との関わり
  18. 1:14は強く 大和政権の支配力は
  19. 1:17朝鮮半島まで及んでいました
  20. 1:20さて今出てきた 大和政権という言葉ですが
  21. 1:24大和政権というのは 現在の奈良県にあたる大和や
  22. 1:27その周辺の豪族が集まった組織 つまり近畿地方にあった豪族連合
  23. 1:33です その豪族連合が
  24. 1:35地方の豪族たちを従えて 日本列島を支配していました
  25. 1:39このような構造だったので 大和政権が日本を統一したとい
  26. 1:43っても 地方の豪族にはある程度の権限
  27. 1:46があり その地方のことはその地方で決
  28. 1:48めていました つまり大和政権の支配力は
  29. 1:52地方に行くほど弱まっていたの です
  30. 1:55国内でも支配が行き渡っていない ので
  31. 1:57海を渡った伽耶諸国には さらに大和政権の支配力は届き
  32. 2:01にくいです この時大和政権は
  33. 2:04朝鮮半島の伽耶諸国に 任那という拠点をもっていたの
  34. 2:08ですが 支配力が届いていないなら
  35. 2:10大和政権から独立しよう と考えるのは当然です
  36. 2:15さらに新羅や百済がしっかりとした 国家を形成してくると
  37. 2:19大和政権は任那を守ることができなく なってきました
  38. 2:22このようにして大和政権の朝鮮 支配は
  39. 2:25破綻し始めたのです
  40. 2:27そんな状況だったので朝鮮半島 では
  41. 2:29百済が任那を侵略し ヤマト政権に対して任那を渡せ
  42. 2:35と要求してきました ヤマト政権でも賛成反対様々ありました
  43. 2:40が 任那はヤマト政権からは遠く百済
  44. 2:44にとっては近い 任那を百済に与えたら日本との関係
  45. 2:48はよくなるのでは と考える人々によって
  46. 2:51ヤマト政権は任那を百済に渡しました 継体天皇を中心とした当時のヤマト
  47. 2:57政権は 百済と仲良くするという外交方針
  48. 3:00をとっていたのです しかし任那に住んでいた人たち
  49. 3:04からすると ヤマト政権から見捨てられたように
  50. 3:07感じます ヤマト政権への不信感は高まって
  51. 3:10いきました こうして任那はヤマト政権から
  52. 3:13離れて独自の動きをするようになった のです
  53. 3:16そんな中 朝鮮半島にあったもう1つの国
  54. 3:19新羅も力を蓄えていました 国としての形を整えた新羅は
  55. 3:24俺も任那が欲しいと考えます こうして新羅も任那に侵攻
  56. 3:30百済と新羅の台頭により いつの間にか任那は
  57. 3:33たくさんの領土を削られてしまった のです
  58. 3:35この状況を見たヤマト政権はどうした かというと
  59. 3:39任那を取り返そうと決意しました 朝鮮半島に兵を送って
  60. 3:44新羅に対抗しようとするのです この仕事を任されたのが
  61. 3:48近江毛野という人物でした 彼は新羅に取られた領土の奪還
  62. 3:53のため 朝鮮半島へと向かっていきます
  63. 3:56ここで登場するのが 筑紫野君磐井です
  64. 3:59筑紫野君磐井というのは 今でいうところの福岡にいた豪
  65. 4:03族です 磐井は以前から反乱を起こそう
  66. 4:07としており そのチャンスを伺っていました
  67. 4:09新羅はこれを利用したのです 密かに磐井に賄賂を送り
  68. 4:14近江毛野が海を渡るのを妨害してくれ と頼みます
  69. 4:17新羅は九州の有力者磐井と手を 組んで
  70. 4:21ヤマト政権を妨害しようと考え たのでした
  71. 4:25これを聞いた磐井は妨害を承諾 反乱を起こしてヤマト政権に反
  72. 4:29旗を翻します これが磐井の乱です
  73. 4:35磐井は火の国豊の国の2つの国にも 勢力を及ぼして
  74. 4:39近江毛野の軍が進めないように しました
  75. 4:43これを受けて継体天皇は 物部麁鹿火に斧鉞をさずけ
  76. 4:47大伴金村と共に 磐井討伐へと向かわせました
  77. 4:51こうして筑紫野国に到着した麁 鹿火は磐井と対決
  78. 4:56結果は麁鹿火の勝利となり 負けを悟った磐井は豊前へと逃
  79. 5:00れ 自ら命を絶ったと言われています
  80. 5:04乱の首謀者である筑紫野国磐井 彼の墓と伝わっている古墳が
  81. 5:09今も福岡県に残っています 岩戸山古墳です
  82. 5:13この古墳は磐井が生きている間に つくったものだったので
  83. 5:17磐井の乱が起きた当時から存在 していました
  84. 5:19ヤマト政権軍は磐井を追って この古墳にやってくると
  85. 5:23周辺にあった石人石馬を悉く破壊 その影響で岩戸山古墳の周辺から
  86. 5:30は たくさんの壊された石人石馬が
  87. 5:33出土しました
  88. 5:34そんな様子を見た 磐井の息子葛子は
  89. 5:38父が殺されてしまった このままでは自分も殺されると
  90. 5:42怖くなり 糟屋の屯倉を大和政権に差し出した
  91. 5:46と言われています 糟屋というのは博多湾付近にあった
  92. 5:50と考えられる地名で 筑後川流域にあった磐井の本拠地
  93. 5:54からは 結構離れた場所にありました
  94. 5:57つまり磐井はそこを外交の拠点 として
  95. 6:00新羅との交流を行なっていたということ です
  96. 6:03その糟屋の屯倉が磐井の乱の後 に
  97. 6:06ヤマト政権側に移ったということは ヤマト政権が九州に進出し
  98. 6:12外交権を掌握していったということ になります
  99. 6:15これ以降ヤマト政権は九州に那 津官家
  100. 6:20そして大宰府を設置して 九州を外交の拠点としていくの
  101. 6:24です
  102. 6:25この磐井の乱は 当時の朝廷を驚かせた大事件でした
  103. 6:29なんとかヤマト政権は鎮圧に成功 し
  104. 6:32近江毛野は海を渡ることに成功 します
  105. 6:35しかし近江毛野は問題の解決に失敗 日本へと呼び戻されて帰っている
  106. 6:41途中で 病気になって死んでしまいます
  107. 6:44以上が磐井の乱の 一般的によく知られている大きな
  108. 6:49流れです
  109. 6:54さていかがだったでしょうか こうして磐井の乱は物部氏によって
  110. 6:58鎮圧されましたが 朝鮮半島に渡った近江毛野は
  111. 7:02任務に失敗して帰ってきます 余談になりますが
  112. 7:05磐井の乱で争った継体天皇と筑紫野 君磐井
  113. 7:10彼らの墓は現代で言うところの 大阪府高槻市と福岡県八女市に
  114. 7:15ありますが 長い年月を経て現在では
  115. 7:17高槻市と八女市は 包括連携協定を締結しています
  116. 7:22古代の争いを水に流し 友好的な関係を築いたわけです
  117. 7:27磐井の乱の後 継体天皇が崩御してしまいます
  118. 7:30が この継体天皇から欽明天皇の間
  119. 7:33には 色々な説がありますので深くは
  120. 7:36扱いません 一応簡単に説明しておくと
  121. 7:39継体天皇の時代は大伴金村が力 を持っていたのですが
  122. 7:44朝鮮経営に失敗したことにより 大伴金村の力は弱まってしまい
  123. 7:49欽明天皇の時代になった頃には 蘇我稲目と物部尾輿が
  124. 7:54政治の中心となっている という流れです
  125. 7:58こうして日本の歴史は 飛鳥時代に突入していきます
  126. 8:01ということで次の動画では 飛鳥時代についてお話ししていき
  127. 8:04ます それではまた次の動画で

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