【古墳時代】11 古墳時代ってどんな時代?倭の五王と広開土王碑【日本史】 — Transcript
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- 0:01はいどうもみなさんこんにちは 今回は倭の五王についてお話し
- 0:05していきます ヤマト政権が成立した後のお話
- 0:09ですね この時代の東アジアは戦乱の時代
- 0:12になっており その戦乱の影響は日本にも及び
- 0:16ます ということでまずは
- 0:17当時の東アジア情勢について見て いきましょう
- 0:24この頃の東アジアは激動の時代 で
- 0:27さまざまな地域で国家形成が進ん でいました
- 0:29中でも注目して欲しいのは 朝鮮半島北部に位置する高句麗
- 0:35です この頃に高句麗は
- 0:37南の方角に勢力を広げています また馬韓辰韓という部族集団は
- 0:44百済新羅という国家となり 弁韓という部族集団は
- 0:49はっきりとした国家を成立させ なかったものの
- 0:53伽耶諸国と呼ばれる地域になりました ヤマト政権はこのあたりを勢力
- 0:58圏に入れて 朝鮮半島南部から鉄を導入して
- 1:02いったのです
- 1:03そのような状況で起こったのが 高句麗の南下です
- 1:07高句麗は南の方角に勢力を広げ ようとして
- 1:10百済や新羅を圧迫していきます そうなると百済や新羅も
- 1:15南へと勢力を広げざるを得ません ということで最も圧迫されたのは
- 1:20伽耶諸国でした これに困ったのがヤマト政権です
- 1:24伽耶諸国を経由して鉄を手に入れて いたヤマト政権としては
- 1:28伽耶諸国を失うわけにはいきません ということでヤマト政権は百済
- 1:33と手を組むことで この状況を乗り切ろうとしました
- 1:37こうして同盟を結んだヤマト政権 と百済は
- 1:40新羅や高句麗と戦っていくこと になるのですが
- 1:44その戦いについて文字として記録 が残っています
- 1:47広開土王碑です
- 1:49広開土王碑と言われても 何のことだかわからないと思います
- 1:53広開土王というのは高句麗の王様の ことで
- 1:56碑というのは石碑のことです つまり広開土王碑というのは
- 2:02高句麗の王様のお墓にある石碑 のことです
- 2:05この石碑には約1800字に及び 色々なことが書かれていますが
- 2:11日本でよく知られているのはこの 部分です
- 2:14百済や新羅はもとは高句麗の支配 下にあって朝貢してきていた
- 2:19しかし倭が海を渡って百済や新羅 を破り臣下にした
- 2:24とその碑文には書かれています つまりどういうことかというと
- 2:28百済と新羅は元々高句麗の仲間 だったけど
- 2:32倭が攻め込んできて百済や新羅 を支配下に置いた
- 2:36ということが書かれているんです これには続きがあり
- 2:40その後広開土王が活躍して 倭と百済を追い返した
- 2:44ということがこの石碑には書かれて います
- 2:47さて朝鮮半島にはそのような文字 資料が残っていたのですが
- 2:51中国王朝にもこの頃の日本について 文字資料が残っています
- 2:55この頃の中国は 魏呉蜀の三国時代が終わり
- 2:59北に北魏 南に南宋という王朝が出現した
- 3:04いわゆる南北朝時代にあたります 特に日本史に関係が深いのは南
- 3:09宋です なぜかというと
- 3:11南宋の歴史書である宋書 この中に当時の日本のことが文字
- 3:16で記されているからです この宋書に登場するのが
- 3:19倭の五王です
- 3:21倭の五王というのは 讃珍済興武という
- 3:26五人の倭国の王様のことです 彼らによって長いこと途絶えて
- 3:31いた中国との交流が 再び始まっていくのでした
- 3:35歴史マニアの中では 讃が天皇で珍が天皇のことだ
- 3:41というような議論がよく行われて いますが
- 3:43高校生の皆さんはそんなことまで 勉強する必要はありません
- 3:47武が雄略天皇のことである ということだけ覚えておけば十分
- 3:53でしょう
- 3:54そんな雄略天皇は天皇となった 後に
- 3:56倭国と朝鮮半島南部は私の支配 領域だ
- 4:01と主張しており 宋の王様に対して
- 4:04先祖代々に渡って平定してきた 国の支配を認めてほしい
- 4:08と手紙を出しました この出来事が宋書に載っている
- 4:13のです 結局宋の王様は
- 4:16百済はすでに宋に朝貢してきている だから百済の支配は認められない
- 4:21百済以外は認めてやる と返事をしています
- 4:26さてそんな倭王武 つまり雄略天皇ですが
- 4:29彼はもう一つ有名な名前を持って います
- 4:32獲加多支鹵大王です この獲加多支鹵大王については
- 4:37有名な話がありますので ここで紹介しておきます
- 4:41明治時代の初め 熊本県にある江田船山古墳から
- 4:45刀が見つかりました その刀には
- 4:48天の下治しめす獲鹵大王の世 と書かれており
- 4:54文字が判別できない箇所があった のです
- 4:58この部分の読み方は長いこと不明 となっており
- 5:02色々と推測されていたのですが あることがきっかけで読み方が
- 5:05判明します あることというのは
- 5:08江田船山古墳から遥か遠くに離 れた埼玉県
- 5:12そこにある稲荷山古墳で 似たような剣が見つかったのです
- 5:17見つかった当初この剣は ただの剣だと思われていたのですが
- 5:21錆落とし作業中に 作業中の女性が光るものを発見
- 5:24し 剣に金を使って文章が彫られている
- 5:28ことがわかりました しっかりと錆を落としてみると
- 5:32そこには 獲加多支鹵大王
- 5:35と読むことができる文字が見つ かったのです
- 5:38もうお分かりだと思います これは江田船山古墳で見つかった
- 5:42刀の 今まで読めていなかった部分と
- 5:45繋がるものであり 明治時代から謎となっていた
- 5:47獲鹵大王 この読み方を解明することになった
- 5:53のでした この話自体も面白いのですが
- 5:57更に驚くべきことは 見つかった古墳の距離です
- 6:00現代の地名で言うと熊本県と埼玉県 なので
- 6:04獲加多支鹵大王 つまりヤマト政権の勢力範囲が
- 6:08どれだけ広かったかがわかると思います このようにしてヤマト政権は
- 6:12日本の広い範囲を支配するよう になっていったのでした
- 6:19さていかがだったでしょうか このように当時の日本について
- 6:24は 海外の文字資料や
- 6:25国内の文字資料から読み取ることができます こうして各地の豪族を服属させ
- 6:31たヤマト政権は 勢力を強めていき
- 6:34ヤマト政権の大王は 後に天皇と呼ばれるようになって
- 6:39いくのです さて次の動画では
- 6:41氏姓制度についてお話ししていき ます
- 6:43それではまた次の動画で
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